蒙霧升降




「景信山で私を見ていたのはお前ね」

『まさか気づかれるとは思ってなかったから驚いたわ』


くすくすと笑う鬼は下弦の肆
ようやく会えた十二鬼月に口角が上がった


「遠隔地も見れるなんてどんな血鬼術?」

『言うわけないでしょ、馬鹿なの?!』


直後、鬼の周囲に花が咲く
ここは屋根だから花が咲くことはないのにとても綺麗なそれは鬼には不釣り合いだ
と、その時指先がピリッと痛む


「(これは…麻痺粉!)」


鬼の周りの花は体を麻痺させる粉を撒いている
それを理解しすぐに刀を振るった
生まれた風により吹き飛ぶ粉を見て鬼が『チッ』と舌打ちをする


『風の呼吸の使い手か…厄介だな』

「相性不利みたいだけどまだ頑張る?」

『ハッ、当たり前よ!』


素早い動きで間合いを詰めてきた鬼の攻撃を刀でいなす


『血鬼術 蝕栄草』

「っ!」


突如瓦を突き破って出てきた蔦に右足、左腕、首を掴まれる
この鬼は自分の術を瓦の下を通してこちらに伸ばすことで気づかれにくくしていた
おそらくこの蔦は地面を掘り進めることも可能なんだろう、景信山で感じたのはこの鬼の伸ばした蔦だ
この街の周囲を探るように貼り巡らせていたんだろう


『その蔦は触れた者を養分にする!お前ももれなく肥料になるんだよ!』

「(下弦というだけあって血鬼術も触れれば終わりというレベルまで来たか…これどうしようかな)」


左腕と右足、そして首を掴んでいる蔦が赤く光り始めると触れた箇所から自分の血が吸われていることに気が付く
血が吸われるスピードからしてあと数分しか持たないことは理解できた

下弦の鬼は上弦と違ってころころ入れ替わっているから強さはそこまでじゃない
つまり今ここで苦戦をしている時点で私はお話にならないのだ
自分より階級の低い炭治郎も下弦の伍を斬っている、ここで出来ませんでした敵いませんでしたなんて絶対にあってはならない

ぐっと力を込めても蔦は余計に強く絡まってくる
植物の力は人間なんて遥かに上回るんだということは山にいた頃から知っていた
それをこんな形で思い知らされるとは予想外だったけれど

と、その時思い出したのはお父さんの言葉


"祈里、これから先にもし窮地に陥ってどうしようもなくなったら時には大声で笑ってみるんだ"


あの時はなんでだろうってそう思ってたけれど、今ならわかる気がする


「はは…はははっ!」


私が笑うと鬼の顔が歪められた
そりゃあこんな不利な状況で笑うなんておかしいよね


『何がおかしいのよ』

「さあ?なんでだろうね」


笑ったおかげで焦りが消えた
責務も階級も今はそんなことどうでもいい
やけにすっきりした頭は自分でも驚くほど考えを早く叩き出した


「攻撃は最大の防御」

『…は?』

「風の呼吸の使い手はそう思ってる」


風の呼吸は攻撃型の型が多いのが特徴的だ、でも中には守りの型も存在する
風の呼吸の使い手は激情型で周りを巻き込んでも攻撃を繰り出すような者だと言われている
それならば何故この守りの型が存在するのか


「(先生、自分も入れる…でしたよね)」


自己犠牲の上の勝利を良しとしない、己の命あってこその攻撃
死に急ぐ風の呼吸の使い手を守るための技

激情型と聞くと荒々しい無鉄砲な印象だけれど、逆に言えば誰かのためにそれだけ感情を露わにできるということだ
それに風の呼吸は他の呼吸と違って実際に風を生み出す
一歩間違えば仲間を巻き込みかねないその力を駆使して仲間と共に戦ってきた
常に仲間を思い何が最適かを考え、自分よりも誰かを思いその誰かのために戦える


「うん…私は風の呼吸の使い手になれて本当によかった」


スウッと息を吸う

獲物を穫る作法はお父さんに学んだ
自分の力を最大限引き出す方法は先生に学んだ
実践を通す中で精度を上げ、ここまで来たんだ


「風の呼吸」


風はいつだって私を味方してくれた、背中を押してくれた…そして今回も力を貸してくれる


『っ!させるか!』


首を締め上げる蔦の力が強まる
呼吸をさせないことが目的か、どうやら頭がいいらしい
でももう遅い、必要な空気はもう吸った
もう銃口はお前を捕らえているし、引き金は引かれて弾は発射されている
この鬼の敗因は私の手から刀を取り上げなかったことだ


「(参ノ型 晴嵐風樹)」


私の周りに竜巻が発生し、斬撃も相まって蔦が斬れていく
咄嗟に距離を取った鬼は暴風の壁の中から飛び出してきた私に反応が遅れた


『ヒッ』


たじろぐ鬼の間合いに一瞬で入って刀を左下の方で構える
一度猟師に狙われれば命は無い、だからこそ銃口を向ける相手を見誤ってはいけない
私の目の前に居るこの鬼はその相手に相応しい、だから全身全霊を以て狩り獲る


「風の呼吸 陸ノ型」

『や、やめっ』

「黒風烟嵐!!!!」


上へ向かって一気に斬り上げると風の龍のような斬撃が繰り出され、鬼の頸を斬り裂いた
頭が離れたことで胴体はぼろぼろと消えていき、地面を転がる頭は青ざめている


『なんで!くそ!くそ!!柱じゃないくせに!お前じゃなきゃ勝てたのに!!!』


ああ、そういうことか
この鬼がわざわざ蔦を周囲に伸ばしていたのは獲物を探るためじゃない、自分より強い者からいち早く逃げるためだ
弱い者を襲い、喰らい、そうやって下弦までのし上がったんだろう


「へえ…そうやって勝てる相手を探して生き残ってきたんだ…私が殺さなくても見放されてたかもね」

『っ、お前は絶対地獄に落ちる!こっちに来たら今度こそ殺してやる!!!』

「無理だよ、どうせ次も負けるもん」


何か言い返そうとした鬼は消滅した
周囲から鬼の気配が消えたことを確認してから刀を鞘にしまうと、ドッと冷や汗が出てきてその場に座り込んでしまう
怪我は大したことないけれど血を吸われすぎたせいで貧血状態なんだろう、眩暈がして気持ち悪い


「菜花様!」


駆け寄ってきた隠の方々が心配して私を支える
私もふらつく体を踏ん張らせながら口をひらいた


「…ん…たい」

「何ですか?しっかりして下さい!」

「…ごはん…たべたい…です」


できれば貧血に良いとされるものが希望です
そう伝えると隠の方々はぽかんとした後に笑った






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