寒蝉鳴




とある任務が終わって次の任務先へ向かう最中、近くに景信山があると知って数年ぶりにこの山に帰ってきていた

歩き慣れた道を進めば自分の家が見えた
そこは違う人が住んでいるようで、家の中から楽しそうな声が聞こえてくる
自分の家に他の人が住んでいるというのは不思議な感覚だけど、この場所が誰かの笑顔で塗り重ねられるなら本望だ

次に時透家へ向かうとそこは空き家のままだった
あの日のまま放置されているだろうに壁や床についた血の跡は見当たらない
あまね様が拭き上げて下さったのかもしれない

布団などは処分され、残っているのは茶碗や鍋などのみ
あの日、自分が横たわって目の前の有一郎が死ぬゆく姿を見ることしかできなかった場所を見つめた

今思えばもっとできることはあったと思う
あの程度の怪我なら有一郎の止血をすべきだった
鬼を挑発し立てなくなったのは失態だ、動けたのなら街へ医者を呼びに行けたかもしれない


「…ほんと、後悔は尽きないものだね」


しゃがんで有一郎が倒れていたであろうところに触れる


「あなたのおかげで私は生きてるよ…ありがとう、有一郎」


守れなくてごめんね
あなたの代わりに無一郎は必ず守るから

いつまでもここにいるわけにはいかないので時透家を出て墓へ向かう
今はまだ青々している銀杏の葉の下に並んでいる時透家の墓
おじさんとおばさんの墓の隣にはもう1つ見覚えのない墓石がある、これが有一郎だろう

街で買ってきたお供物を置き手を合わせる


「おじさん、おばさん、有一郎…どうか無一郎が平和に過ごせるよう見守っていて下さい」


次いで少し離れたところにある2つの墓石へ向かう
こっちはお父さんと豆吉のものだ


「お父さん、豆吉、久しぶり…ずっと来れなくてごめんね」


来れなかったというよりは来る勇気が出なかったの方が正しいかもしれない
ここにくれば私の罪と向き合うことになる、その勇気が今まで出なかったんだ
時透家と同じお供物を置いて手を合わせる


「先生は私にも親切にしてくれたよ、鬼殺隊にも入れたし
今もまだまだ無力だと痛感することがあるけれど、頑張ってるよ」


ふわりと風が吹く
お父さんはいつもお母さんが空にいると言っていたけれど無事に会えただろうか


「祈里、ソロソロ…」

「うん、行こうか」


颯に促され景信山から降りようと立ち上がる
するとほのかに血の匂いがした、元はこの先にある原っぱの方だ

嫌な予感がして足音を消しつつも急ぐ
開けた視界、小さい頃によく遊んだ原っぱが一面に広がった


「…あれ…気のせい、かな?」


確かに血の匂いがしたと思ったんだけど、獣の類だったのかもしれない
風の吹き方もいつも通りで特に違和感はない
最近任務続きで過敏になっているんだろうか


「(次の任務が終われば帰れる…無一郎のとこに帰れる)」


早く会いたいなと思いつつ今度こそ山を降りて颯の誘導の下向かったのは少し先にある街
街に踏み入れた瞬間鬼の気配がしたが、隠れるのが上手いのか居場所は特定できない
すると隠の方がやってきた


「菜花様、お待ちしておりました」

「遅くなってすみません、状況は?」

「これまで数名の隊士が任務にあたりましたが全滅、みな干からびたように血が失われた遺体となってります」

「干からびた…?」


そういう血鬼術を使うのかと考えを巡らせるが隠の方曰く鬼は進出鬼没でいつ現れるか不明とのこと
もう少しで日が落ちる、今晩中に出会えるだろうか




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日が落ちたというのに鬼は出ない、もう人も寝静まった時間なので街は静かだ
屋根の上から街を見渡すけれどやはり何もいない

やれやれと思いつつもフーッと息を吐いてから月を見上げる
乙になってどれぐらいか、ここまで階級を上げても私はまだ十二鬼月に遭遇できていない
柱になるには階級が甲であること、十二鬼月を倒すこともしくは鬼を50体狩ることの2つの条件を満たす必要がある

無一郎は短期間で階級を上げ、更に下弦の鬼を斬っている
他にも不死川さんや煉獄さんも下弦の鬼を狩って柱になったと聞いている

柱になりたいかと言われれば答えに詰まるのが本音だ
私は柱になりたいんじゃなくて、無一郎を守れる強さがほしいのだから
鬼殺隊に入って2年が経った、無一郎のような特例を除いて早ければ2年で柱に登る人も出てくるとか


「階級を示せ」


ぐっと拳を握ればそこには乙の文字
あと1つでようやく柱と同じ階級の甲になれる

月に手をかざした時だった


『乙…ってことは柱じゃないのね』


背後から聞こえた声に全身の血が沸騰していく
鬼だと思い抜刀するが軽快な動きで避けられてしまった


『こんばんは、今日もご馳走に逢えて嬉しいわ』


屋根の上に立って不敵に笑む鬼は瞳の中に”下肆”の文字を宿していた






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