涼風至




無一郎への気持ちを自覚してからというもの今までの行動が恥ずかしくて仕方がない
このお屋敷に転がり込んできたことも、無一郎に大切な人だと告げたことも
あまりにも恥ずかしくて無一郎の顔をまともに見れない


「祈里、どうして目を逸らすの」

「ちょ、ちかっ…!」

「?」


私の顔を覗き込むように顔を近づけてくる無一郎
彼は無意識なんだろうけれど、私は意識しまくりなので勘弁してほしい

おずおずと無一郎の目を見れば綺麗な水色の瞳が私を捉えた
目があうとフッと口角を上げるので見惚れてしまう


「やっとこっち見た」

「っーー!?」


山にいた頃は無邪気で私の方がお姉さんって感じだったのに、今は無一郎の方が大人っぽくて完全に押し負けてる
あたふたしている私を他所に無一郎は「あ」と何かを思い出したような声を出す


「そうだ、僕これから少し出かけるけれど、柱の人が訪ねてくるらしいから相手頼んでもいい?」

「え?あ、うん」


そう告げて無一郎は銀子と共に出ていく
近場の任務なんだろうか、すぐに帰ってくるからと言い残して行ってしまった

残された私は稽古をしつつ訪ねてくる柱は誰だろうかと思考を巡らせる
一応柱のみなさんとは何度かお会いしているけど、そもそも何の用件だろう


「ごめんくださーい!」


素振りをしていると聞こえてきた可愛らしい声
庭にいたのでそのまま入り口の方に回れば、そこには蜜璃さんがいた


「あっ!祈里ちゃんだ、久しぶりー!」

「蜜璃さんお久しぶりです、どうぞ上がって下さい」


守屋さんに蜜璃さんを客間に案内してもらい、その間に稽古服から隊服に着替える
柱相手にだらしない格好ではいられないのできっちりとしてから客間へ向かった


「お待たせしました」

「無一郎くん出かけてるのよね、少し早すぎたわね、ごめんなさい」

「いえいえ、お待ちの間よければ私とお話しでもしませんか?」


蜜璃さんの顔がぱああっと明るくなる
私よりも5歳ほどお姉さんなのにとっても愛らしくて女性としても魅力的で憧れだ

蜜璃さんは手土産に美味しい和菓子を持ってきてくれていて、2人で玉露茶と共にいただく
とても幸せそうに食べる蜜璃さんは微笑ましい


「あのね、祈里ちゃんが乙に昇格したって聞いて私とっても嬉しくて!」

「無一郎に比べれば時間はかかりましたけど、ようやくここに来れました
このまま甲になれるよう精進します」

「そのひたむきな向上心が素敵!」


蜜璃さんは頬を赤らめて私を褒めてから一口お茶を飲んで穏やかに微笑む


「祈里ちゃんは無一郎くんと比べてしまうのかもしれないけれど、あなたはとてもすごい子よ」

「え」

「その年齢で剣士として努力して、さらに上を目指してる…なかなか出来ることじゃないわ」

「そんな…私なんか」


ふとその時思い出したのはあまね様のお言葉
謙遜しても自分を卑下してはいけないというもの
昔からの癖はそう簡単には治らないようで、今でも卑下癖は染み付いている


「上手く言えないけどもっと自信を持っていいと思うの」

「自信、ですか…」


強くなった自信はある、努力している自信もある
でもそれはあくまで贖罪のためで、とても誇れるような理由じゃない
自信がなさそうに見えるのはその後ろ向きな動機のせいだろう


「(私は他の人のように誰かを助けたいとかそんな綺麗な気持ちじゃない)」


前に倒した鬼にお前の方が鬼だと言われたことを思い出す
罪人という意味では私も鬼と何も変わらない

黙り込んでいた私に気づいてか、蜜璃さんがずいっと体を乗り出してきた


「それとね!私どうしても気になっているのだけど!」

「は、はい…?」

「無一郎くんと祈里ちゃんって恋仲なの?」


その問いに私の顔がブワッと赤くなる
すると蜜璃さんは「えっ!えっ!!やっぱりそうなの!?キャー!!」と嬉しそうに目を輝かせていた


「ち、違います!私たちはただの友達で…っ!」

「あら、そうなの?でも無一郎くんは祈里ちゃんのことがとっても大切そうに見えるわ」

「っ」


蜜璃さんの言葉に頬が熱を帯びる
無一郎の大切は隠のみなさんに対する大切と同じだろう
でも私の大切は明らかにそれとは違うから些細なことでも嬉しい

無一郎に記憶がなくても、覚えられなくてもそれでいい
私は時透無一郎が好きで、その気持ちは変わらない
彼が何もかもを忘れても私は覚えている


「ふふ、祈里ちゃんは無一郎くんが好きなのね」

「…そ、そんなにわかりやすいですか…私」

「(キャー!祈里ちゃん真っ赤で可愛い!)」


火照った顔を鎮めようとお茶を飲む
そんな私を眺めてにこにこしてる蜜璃さんは本当に綺麗だ
私もこんなふうに綺麗で大人な女の人になりたい

14歳となればそれなりに体は出来上がってくるはずなのに、胸は大きくないし幼児体型のまま
もっとこう丸みを帯びて出るところ出て引き締まるところはキュッとしてるようなのが理想なのに…
自分の体を見てがっくり項垂れていると、襖が開いて無一郎が入室してくる


「…えっと」

「私甘露寺よ、無一郎くんと同じ柱」

「甘露寺さん…お待たせしました」


無一郎が帰ってきたので私は話の邪魔になるといけないし退室しようかと立ち上がると無一郎が私の手を握って止めた
その光景に蜜璃さんは頬を両手で押さえて歓喜している


「祈里もいていいよ」

「えっ」

「いいよね、甘露寺さん」

「もちろんよ!」


だってさ、と言うように無一郎が見上げてくるので先ほど鎮めた頬の火照りが復活したのは言うまでもない






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