黄鶯見皖




お父さんの仕事は猟師だ、朝早くから山の獣を探しに出かける
私が4歳になるまでは仕事を減らしていたそうだけど、6歳になった今では留守番もお手のものなので今日も布団を干したりと家の手伝いをしながら帰りを待つ

昼を回った頃にお父さんは帰ってきた、猟犬の豆吉という犬も一緒だ


「ただいま」

「おかえりなさい!」


私の姿を見た豆吉は嬉しそうに尻尾を振って駆け寄ってくる
豆吉という名だが体の大きい犬なので勢いがよく、足を踏ん張らないと倒されてしまいそうだ


「ははは!豆吉は祈里のことが好きだな!」

「バウッ!」


豆吉の気が済むまで続いたじゃれあい
それを終えてから家の中に入るとお父さんが銃の手入れをしていた
私と同じくらいの背丈のある銃は猟銃というらしい

昔一度触ろうとしたらかなり怒られたので近づかないようにしている


「そうだ、祈里も6歳になったんだ、今度狩りに来てみるか?」


思い出したかのように告げたお父さんに私の顔は明るくなる


「うん!行きたい!」


今まで家の近辺しか知らないのでちょっとした冒険気分だったんだろう、はしゃいだように喜び跳ねた




けれどその数日後にお父さんに連れて行ってもらった狩りは想像を絶するものだった

獲物であるうさぎを追いかけ回す豆吉の吠え声
あの猟銃からドォン!という大きな音が鳴って耳が痛くなる

それに血を流してぐったりと倒れているうさぎが小さく痙攣している姿を見て背筋が凍った
今までもお父さんが狩ってきた獲物を見たことがあるし、解体する時の血も慣れっこだった
でもそれは死んで動かなくなった姿しか見てなかったからであって、目の前で息絶える瞬間を目撃してしまった今は話しが違う

初めて猟師という仕事がどんなものかを知った私はその日の夕飯の鍋に入っているうさぎの肉を見てぽろぽろと涙を流した
それまでずっと話さないでいた私の様子から色々察していたお父さんは茶碗と箸を置いて私を優しい顔で見つめる


「どうしたんだ?」

「…うさぎさん…死んじゃった…」

「そうだね」

「このお肉…あのうさぎさんだよね?」


今までは何とも思わなかったのに死を目の当たりにして複雑な気持ちになってしまう
うさぎにも私と同じように家族がいたかもしれないと思うと、とても箸をつけられない


「祈里、この世界の生き物はみんな何かを食べて生きているんだ
生きるためには食べ物がいる、父さんと祈里も生きるために食べる…これはわかるかい?」


こくりと頷くとお父さんが手招きしたので近づく
胡座をかいているお父さんの足の上に座らされて優しく頭を撫でられる


「みんな生きるために何かの命をいただく、このうさぎの命をいただくということは生きるということだ」

「生きる…」

「そう、だから命は無駄にしてはいけない、粗末に扱ってはいけない
食べる時にいただきますと言うのは命をいただくことに感謝するという意味なんだよ」

「ありがとうってこと?」

「そうだ」


うさぎを可哀想と思う気持ちと、うさぎのおかげで生きることができることへの感謝の気持ちとが心を支配する

6歳にもなれば善悪の判断もそれなりに容易になる
生きるために仕方がないとしても罪悪感は消えそうにない


「さ、食べようか」


お父さんにそう言われて鍋を挟んで向かい側にある自分の茶碗の前に座る
茶碗によそわれているおじやにはうさぎの肉が入っており、立ち上る湯気もあって美味しそうに見えるがなかなか手が伸びない

そんな私の様子を見てまだ早かったかと眉を下げたお父さんだったが、私はひと呼吸置いてから両手のひらをぺちんと合わせた


「いただきます」


命をくれてありがとう
私が生きるための力になってくれてありがとう
命を無駄にしないためにちゃんといただくね

その思いを込めてそう告げた私はいつもよりいっぱいご飯を食べた



お父さんの仕事は猟師という獣の命をいただくものだ

今日も生きるために何かの命をいただいて私たちは生かされている
その日以来、私は命とは何なのか、生きるとはどういうことなのかを考えることが増えた

お父さんが狩ってきた獣を解体する作業も積極的に手伝った
命と向き合うことで大切なものを学ばせてもらっている気がしたからだ






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