大雨時行




「炭治郎」

「あっ!祈里!」


任務を終え蝶屋敷へとやってきた私は全集中・常中を会得するために鍛錬する炭治郎に声をかけた
傍にいた善逸と伊之助も私に気がついて駆け寄ってくる


「祈里ちゃーん!会いたかったよー!!」

「祈里!俺とどっちが山に詳しいか勝負だ!!」

「はいはい、2人ともそれだけ元気ならまだまだ追い込みが足りないね」

「「うっ」」


急にげっそりした2人はしおらしくなった
随分としのぶさんにしごかれているんだろう、柱の指導を受けているんだからきっとすぐに会得できるはずだ
それに炭治郎は自力で会得したと聞いた、それも1ヶ月で
カナヲも既に会得しているのだからこの世代はかなり優秀なのかもしれない

この1ヶ月で3人には随分と気に入られてしまった
炭治郎は元々友好的な性格だけれど、禰󠄀豆子の件もあったし最初はどこか距離感があったように思う
善逸は女の子が大好きだから距離感が近いし軽薄に思うことがあるけれど、いざという時に頑張れるような大器晩成タイプのような気がする
伊之助は体を見てもわかるけれど身体能力がすさまじく高いので全集中・常中を会得すればもっと強くなれるだろう
あと、山育ちというだけで何かと張り合ってくるのも面白い


「そうだ、祈里は何の呼吸を使うんだ?」

「私?風だよ」


刀を抜けば緑色の刀身が現れた、刀身と鞘には蔦と葉をイメージした彫刻が施されている
これは刀鍛冶の鋳型さんという方が打ってくれているもので、彫刻もかなり丁寧な仕上がりをしている


「すごい…綺麗な刀だね」

「そうでしょう、私の命を何度も守ってくれた相棒なの」


ヒュッと振れば風の衝撃波がその場に生まれた
鞘に納めて3人の方を見ると目を輝かせている…伊之助に関しては被り物でわからないけど


「風の呼吸!かっこいい!!」

「祈里ちゃんらしくて素敵!」

「俺の方が強ェ!!!」

「あはは、ありがとう
伊之助に関しては強く否定しとくね」

「んだと!!!」


ぐわっと飛びついてきそうな伊之助をひょいっと避けて3人へお土産に持ってきた最中を渡した
ずっと稽古続きなんだしたまには甘いものを摂らないとねと告げると3人とも嬉しそうに笑う
本当に随分と絆されてしまったものだと自分の甘さに呆れてしまうが、これがお父さん譲りだと思うと悪い気はしない

最中を食べている3人が仲よくしている姿を見ているとなんだか過去の自分たちを重ねてしまった
有一郎と無一郎の間に挟まれて笑顔の自分はこんな感じだったんだろうかと


「祈里?」


物思いに耽っていた私を不思議に思ったのか、それとも鋭い嗅覚で感情を読み取ったのか炭治郎が私に声をかける
縁側に腰掛ける3人の真正面に立っていた私は少し真面目な声を発した


「近々任務が立て込んでてしばらく来れなくなるんだ、落ち着く頃にはきっと3人が先に現場復帰するだろうから」

「そうなんだ…」

「次に会えるのは任務先かもね、その時まで誰も死なないことを祈ってるよ」

「死っ…!?」


ギョッとした表情で怯える善逸
3人は前回の任務で下弦の鬼に遭遇したらしい、炭治郎がその頸を斬ったとも聞いている
そう、いつ強い鬼に遭うのかも分からない中私たちは戦っている
鬼殺隊は常に死と隣り合わせだから生き残って会える方が難しいのだ

冗談ではないと察した善逸がごくりと息を飲んだので少しだけ頬を緩める


「でも君たちは私もまだ会ったことのない十二鬼月を倒したんだから大丈夫、生き残ることが何よりの成果だから」

「生き残ることが…」

「そうだよ、生きていればそれでいいの
死んじゃったらもう話もできないんだから」


生きている無一郎は記憶を失ってしまった、でも彼が生きていてくれるなら私のことは思い出さなくてもいい
死んでしまったら感謝も謝罪も何も伝えられない…有一郎やお父さんに私は何も伝えられていないままだ


「また次も元気な姿で会おうね」


そう3人に別れを告げてからお屋敷に戻る
今日は無一郎が帰ってくる日だから大根を買って帰ろうと足早に帰路についた




−−−−−−−−
−−−−




無一郎が帰ってくる、それだけでお屋敷の隠のみなさんは舞い上がっている
私も同じようなものなので人のことは言えないが


「ふろふき大根が好物なんて霞柱様は庶民派なんですね」


料理を机に並べている時、守屋さんがそう言ったので私は何も考えずに「まあ山育ちですからね」と返事をしてしまった
しまったと気がついたのは守屋さんの「え?」という声を聞いてから

ハッとして守屋さんに口止めをお願いすると彼女は承諾してくれた
気が緩んでたのだろう、つい口を滑らせてしまった

守屋さんにはまた今度事情を話すとして、無一郎の耳に入らないようにしないといけない
あんなにつらい記憶は無理に思い出すことなんてないんだから


「祈里様、霞柱様が戻られましたよ」


向田さんに呼ばれて入り口へと駆けていく
約1ヶ月ぶりの無一郎の隊服はところどころ切れていて大変な任務だったことが伺える
こんな長い間出ることなんてなかったので万が一忘れられていたらと思うと彼の一言目が怖い

もし忘れられていたらどうしよう
また初めましてと名乗って、それで…

ぐるぐると考え込む私を見た無一郎はゆっくりと口を開いた


「ただいま、祈里」

「…ぁ」


拍子抜けするほど自然に私の名を呼んで少し微笑んだ無一郎に呆気に取られたため反応が遅れる


「お、おかえり!」

「うん」


覚えていてくれたことと無事で帰ってきてくれたことの安堵で固かった表情がほぐれていく
さっきまであんなに不安だったというのに不思議なものだ


「お腹すいた」

「はい、ご用意できておりますよ」


守屋さんに刀などを預けた無一郎が食事を取る部屋へ向かって歩き出すので私もついていく
ここからは隠のみなさんは踏み込まないため2人きりだ


「「いただきます」」


その後は一緒に夕飯を食べながらたくさん話をした
この1ヶ月で何があったのかを無一郎にたくさん話して、無一郎が覚えている範囲での話も聞かせてくれた

やっぱり任務は大変だったらしい
鬼もかなり多かったのか少々面倒だったと彼は告げた
柱の無一郎がそんなふうに言うんだから敵勢も躍起になっているのかもしれない、炭治郎が下弦の鬼を斬ったのだからなおのことだろう

任務以外にもこんなことがあったと話す無一郎ににこにこしていると、「嬉しそうだね」と言われてしまった


「だって久しぶりなんだもん、無一郎がいない間はずっと1人で食べてたから」

「そうなんだ…祈里は本当に誰かと食事するのが好きだね」

「うん!」


正確には誰かと食べるのじゃなくて無一郎と一緒なのが嬉しいだけだけど、それは言わないでおいた
真正面でふろふき大根を食べて満足そうにしている顔を見て頬が緩む

記憶が無くたって無一郎は変わらない
好物を食べるその顔も、最近見せる柔らかい表情も、見た目に反して低い声も、無一郎の全部が好きだ

そう、私は無一郎が大好きだ


「…………え?」


好き?今私は何て思った?
無一郎は大切な友達で、私にとって大切な人で…それで…


「祈里?」


目の前の無一郎に目を向けるとこちらを不思議そうに見ている
視線が交わった瞬間の心が弾む感覚、それに鼓動が早くなるのを感じた


「(うそ…まさか…)」


出会って8年、ついに変わってしまった
ただの幼馴染だったはずなのに、大切な友達のはずだったのに、どんどん欲深くなっていく

どうやら私は異性として無一郎のことを好きらしい
自覚した途端顔に熱が集まるのを感じて慌ててご飯を口に放り込んだ






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