土潤溽暑




訓練が終わった炭治郎がやってきた
2人で縁側に座って会話をする


「さて炭治郎くん、単刀直入に聞くけれどどうして鬼を連れてるの?」


私の問いに炭治郎の顔つきが変わる
無一郎から聞いた話によると柱合会議で妹さんはかなり酷い目に遭ったらしい
しかも不死川さんの手によって
そりゃあ警戒するのも当然かと思うも、今は私の質問に答えてもらう方が先決だ


「大丈夫、刀は持ってないよ
それに許可なく殺そうとも思わない」

「…許可があったら殺すのか」

「まあそうだね」


炭治郎がキッと睨んでくるので私は笑みを消した
誰に対しても愛想良くしてきたけれど、もし炭治郎が無一郎の脅威になるなら排除しなければならない


「禰󠄀豆子は俺の妹だ!殺すなんて簡単に言うな!」

「でも鬼でしょう?」

「確かに鬼だけど…でも禰󠄀豆子は人を食ったりはしない!」

「人を襲わない鬼…?」


人を食べない鬼なんて聞いたことがない
どういうことだと尋ねれば、炭治郎は妹の禰󠄀豆子は人を喰らわない代わりに睡眠を取ることで体力を回復しているのかもしれないと言った
なるほど、確かに特例がでるわけだ

少し考えてからため息を吐く
人を襲う鬼ならともかくそうじゃないのなら平等な命として扱わなきゃいけない
お父さんならきっと禰󠄀豆子のことを認めるんだろうなと思うと肩の力が抜けてしまった


「そっか…わかった、ならいいや」

「え…」

「人を襲わないんでしょう?なら別にいいよ」


無一郎を襲う心配がないならそれでいい
ぐぐっと背伸びをした私に炭治郎は何か言いたげだ


「何?」

「祈里は…キミは一体何なんだ…俺の敵なのか?それとも味方か?」


面白いことを聞く炭治郎にくすくすと笑う


「炭治郎が私の大切な人を傷つけない限りは味方だよ」

「大切な人?」

「そ、この世で一番大切な人」


無一郎が生きてくれるなら私は喜んで自分の身を差し出す
お父さんと豆吉に救ってもらった命だけど、有一郎を救えなかった命でもあるんだ
私は罪人だから、許されることはないから、せめて生き残った無一郎を守るくらいはしたい

まだ理解が追いついていない炭治郎と少し話をした
彼は嗅覚がいいらしくて人の感情とかも分かっちゃうそうだ
だから私が最初から警戒していたことに気がついたらしい

そして彼がどうして鬼殺隊に入ったのか、その理由も全て聞いた
ある日突然家族を失う経験は私も同じなのでそこは共感できる
それにもし無一郎や有一郎が禰󠄀豆子のように鬼になってしまったら…私は炭治郎と同じことをするのかもしれない

話をする内に何故か炭治郎からの警戒が解けたようで、彼の方からずいっと身を乗り出してくる


「そうだ!アオイさんから祈里はすごい隊士だって聞いたんだけど、少し俺の相談に乗ってくれないか?」

「すごいかどうかは別として、私でよければ」


にこりと微笑むと炭治郎はホッとしたように表情を緩ませる
先ほどまでのピリッとした空気はなく、今は穏やかな風が吹いていた


「今機能回復訓練を行っているんだけど、カナヲに全然歯が立たなくて…反射神経も何もかもが俺とは段違いに強いんだ」

「カナヲ…ああ、しのぶさんの継子のあの子か」

「俺とあの子の何が違うのか…いくら考えても答えは出なくて」

「うんうん、それで困ってるわけだ」


ここまで炭治郎と会話してわかったのは彼はお父さんレベルで他人に優しい心の持ち主であるということ、そして結構頭で考えてしまう方だということ
少なくとも私はこのタイプの人を嫌いじゃない
駄目だな、もし禰󠄀豆子が無一郎を傷つけた時にはその頸を跳ねるつもりだったのに絆されてしまう


「きっと全集中・常中だね」

「常…中…?」

「全集中の呼吸を四六時中維持することだよ、寝てる時もご飯を食べてる時もずーっと」


カナヲがしのぶさんに稽古を付けてもらっているところは何度か見たことがある
私から見る限りはあの子は全集中・常中が出来ているようだった


「え、ええ!?そんなこと可能なの?!」

「ある程度以上の隊士なら会得してる初歩の技術だよ
でもまあ、会得するまで死に物狂いの努力が必要だけど」


先生のところで必死になって会得したけど何度か冗談抜きで死ぬかと思ったっけと懐かしむ
誰でも会得できるわけではないので難しいと思われがちだが途中でみんな脱落していくだけで、全集中の呼吸が使える人なら努力さえすればできるようになる

全集中・常中ができるかどうかでかなりの差がつくのは事実だから本当は隊士みんな必須にした方がいいと思うんだけど、そうすると柱とごく一部の隊士以外みんなお役御免になってしまうそうだ
鬼殺隊のレベルが下がっているとは聞いていたけれど、こういうところで弊害が出ているんだろう

そこまで考えてからそろそろ帰ろうかなと立ち上がる
無一郎が戻るにはまだ期間があるが、帰ってくる時にふろふき大根を用意すると約束したのだ
今日遅くなったのは仕方ないにしても今後は夕刻前にはお屋敷に戻っていたい


「どうやって会得するのかとかはアオイに聞いてね、私は訓練内容には口出しできないから」

「う、うん!ありがとう!」

「いえいえ、またここに顔を出すからその時までに会得できるように頑張って」

「わかった!ありがとう祈里!」


にっこりと笑った炭治郎はやっぱり時透のおじさんに似ている
帰り道を進みながらそのことについて深く考え込む

血のつながりがあったりはしないよね?と疑問に思うも、それだと炭治郎も日の呼吸の使い手の子孫となるはずなので違うかと結論づけた
あまね様は有一郎と無一郎が唯一の存在なのだと仰っていた、今となっては無一郎が最後の血筋と言える
絶やさないためには無一郎が子孫を残すことが必要だとも


「(そっか、無一郎が誰かと…)」


大正の世の平均婚姻年齢は18ほどだったはずだ
となれば4年後には無一郎が所帯をもつかもしれないということ
その時私はどうしているんだろうか、無一郎の幸せを見届けて…その後は?

自分の未来を想像すると何も思い浮かばない
私は4年後どんな風になっているんだろうか

どれだけ考えても無一郎が幸せならそれでいいって答えに行き着いてしまい、前に進まない
それほど私にとっては無一郎が全てなんだと再確認した帰り道だった






戻る


- ナノ -