蓮始華
※無一郎視点
いつものように立ち合いをしている僕ら、でも今日はいつもより祈里の動きが悪い
立ち合いをするって言い出したのは祈里だし、日に日に動きがよくなる祈里との手合わせは僕の稽古にもなっていたから断る理由なんてない
だからいつものように振りかぶった
「いっーーーー!!!!??」
いつもの祈里ならこれくらい防ぐはずなのに今日は額でうけとめた
カァン!といい音を立てたため自分でも「あっ」と声が出てしまった
痛みのせいで額を押さえて蹲る祈里
「えっ…えっ…!」
こういう時にどうすればいいのかわからない
自分なら痛いなとしか思わなくても祈里は違うから、女の子だから慌ててしまう
慌ててる僕の様子を懐かしそうに見ていた祈里の額からツーッと血が伝った
どうしようと口角がひくついた時、守屋さんの悲鳴が聞こえた
「うわーーー!!祈里様がーーー!!!」
「薬を持てぇええええ!!!!」
うちにいる隠の人はみんな祈里が大切だから大慌ての様子で、それを見てると逆に僕は冷静になれた
「祈里…とりあえず手当を」
声をかけた直後、祈里の体がぐらりと傾いた
崩れ落ちる体を支えるために腕を引いて抱き抱えれば自分よりもずっと細い体なのが服越しに伝わってくる
そして次に気がついたのは祈里の荒い呼吸と火照った顔
「祈里様!」
駆け寄ってきた向田さんが祈里の様子を見て「風邪だ」と告げた
−−−−−−−−
−−−−
僕の知る限り祈里は丈夫で風邪なんて引くイメージはない
だから今目の前で布団に入ってしんどそうにしている祈里を前にして戸惑ってしまう
「霞柱様、移るといけませんので…」
「うん…」
向田さんにそう言われて立ちあがろうとするけれど、祈里の手が僕の隊服の袖を握っていた
いつもより弱っている祈里を前にしたせいか、放っておけなくてその場に座り直す
「ねえ、僕ここにいてもいいかな」
「しかし…」
何か言いたげな向田さんを守屋さんが諌める
そして守屋さんは祈里の額に乗っている布を定期的に水を含ませるようにと言って向田さんを連れて部屋を出て行った
残されたのは僕らだけで、祈里は依然つらそうに呼吸している
でも薬を飲んだからか顔色は少しだけマシになった気がする
「(あれ…こうやって看病するの…どこかで…)」
前にもどこかで誰かの看病をしたことがある気がする
覚えてないはずなのに懐かしく感じるのは何でだろうか
「…無…一郎…」
「っ」
僕の名を呼んだ祈里に目を覚ましたのかと思ったけど夢を見てるみたい、瞼に覆われた緑色の瞳は見えないままだ
苦しそうに眉間に皺を寄せて僕の名を何度も呼んでいる
祈里との記憶で覚えていることは少ない
名前と顔はほぼ毎日顔を合わせて会話しているから覚えてるけど、1週間前に何を話したかとかは思い出せない
祈里と会うまでは記憶がないことも、覚えられないこともどこか諦めていたはずなのに…いつの間にか覚えられないことが嫌だと思うようになっていた
颯に聞いたけど、どれだけ僕が忘れても祈里は何度でも諦めずに話しかけてくれていたらしい
僕が覚えている祈里はいつも笑顔で、努力家で、僕を友達だと言ってくれる
「…祈里」
僕が覚えてる記憶のほとんどは祈里ばかりだ
祈里がこんな感じだと僕の調子が狂う
袖を掴む祈里の手を解いて代わりに僕の手で小さな手を握る
さっき体を支えた時に触れた感覚だと、簡単に折れそうなほどの細さだった
祈里はこんな小さな体で鬼の頸を斬ってるんだと感心する
「…一郎……無一郎…」
「うん…ここにいるよ」
僕の名前を呼ぶ祈里の声が心地よい
早く目を覚ましてほしい、いつものように笑顔で会話をしたい
「(そっか…僕は祈里が大切なんだ…)」
この感情は覚えていたい
すぐ忘れるのなら毎日祈里を見て大切だと思いなおせばいい
「早く目を覚ましてね」
起きたら2人で最中を食べよう、祈里の大好きなあの店の最中を買ってくるから
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