温風至




雪が降る季節
雪景色の中でも確かに分かる赤い血の跡


「(ああ…また人が犠牲になったんだ)」


ここに来るまでに人の遺体と思われるものをいくつか見た
もはや肉片に近いそれは楽な死に方じゃなかったと見ただけで分かる

それを隠の人が処理してくれているので私もすべきことをする
風はこの先を示していた、悪しき者がいると教えてくれている


『おやおや、鬼狩りか?』


少し進んだ時にそんな声が聞こえた
顔を上げれば口元を血で濡らした鬼がいる
月明かりが照らす世界で蠢く人喰い鬼
己が欲のため人を殺し、その血肉を喰らうことで力を得る悍ましき存在


「見つける手間が省けたよ、ありがとう」


刀を抜けばキイイッと風が吹く音がする
鬼を前にすると急激に心が冷えて、怒りが込み上げる
我を忘れるなんてことはないけれど限りなく感情的になっている自覚はあった


『どういたしまして!』


鬼が飛びかかってくる、かなり速い身のこなしだ
それに私の周りを囲うように出現した和人形はおそらく血鬼術だろう
人形それぞれが髪を伸ばし私を拘束しようとしてくるので息を吸う


「風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐」


ドッと巻き上がる砂塵の剣技
人形も鬼も諸共を吹き飛ばしその隙に私は上へ飛び上がった


『くっ…上か!!』


空中で体勢を整え構える私を見上げもう一度和人形を差し向けた鬼


『空中ならまともに身動きが取れないだろう!!!』


ああ、今日の風は激怒している
この山に鬼が入ったことを嘆いているのか、それとも別の理由か
どんな理由であれこの風が私の背を押してくれているのだからやるべきことをやるだけだ


「風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪」


上空から斬り下ろし広範囲に突風を吹き荒ぶ
この技は空中だから出せるものなので体勢さえしっかりとれていれば問題ないのだ
人間だからといって侮った方が悪い、せめて苦しまないように頸を狙ったのだが鬼はまだ生きていた
和人形で上手く防御して頸だけは守ったようだ、血鬼術も汎用できるようで少し感心する


『うっ…うううっ…』


私に斬られた体から血を流している鬼だがどうせその怪我はすぐに治る
鬼は日輪刀で頸を斬られるか日の光を浴びない限り死なないのだ

一歩、一歩と鬼へ歩み寄る
その間も鬼が必死に抵抗を試みるがどれも跳ね飛ばした
無一郎と毎日立ち合い、不死川さんにも稽古をつけてもらっているおかげで速さには目が慣れているんだろう、この程度の速度なら止まっているように見える


『なんで…なんで効かない!!!私は300は食ったのに!』

「そう…300も…」


確かにこの鬼は強い、でもだから何だ
私だって鬼殺隊に入ってからかなりの数の鬼を殺している、自分だけが強いと思わないでほしい

私の階級は丙だけどもう少しで乙へと上がる、柱の階級である甲の1つ下の階級だ
今の段階でも下弦の鬼相手なら互角に戦える自信すらある


『ど、どうかお助け…』


鬼は勝てないと悟ったのか戦意喪失し、情けない震え声でこちらを見る
鬼のその顔はまるであの夜の自分のようで、神経を逆撫でられるような嫌悪感に包まれた


「何で殺したの」

『ひっ…だって…食べなきゃ…死んじゃう』

「仕方ないって?」


ふるふると頷く鬼にため息を吐く

生き残るために食らうのは人も同じだ、お父さんは生き物をいただくことのありがたさを常々説いていた
植物も昆虫も獣も魚も人間もみな必死に生きている、生きるために他を食らう


「でもお前は違うでしょう」


生きるためではなく暇つぶしのように人を殺す鬼を認めるわけにいかない
この鬼に嬲り殺された人間の遺体はとても食べるためとは言えないような殺され方をされていた


『あ…ちが…』


刀を持つ右手に力を入れて鬼の首を斬り落とす
胴から離れた頭が地を転がり、その体諸共消滅していく姿を眺めていると鬼がこちらをキッと睨みつけた


『私たちが人を殺すようにお前だって私たちを殺す…どちらが鬼だ!』


恨み言を告げる鬼を他所に刀を一振りしてから鞘に戻す

もう一度鬼へと目を向けると、そこにはもう何もない
日輪刀で頸を斬れば鬼は死ぬ…いや消滅すると言った方が正しいかもしれない


「…そうだね、お前の言う通りだよ」


人も鬼もどちらも互いの正義を振り翳し生きている、鬼から見れば私が鬼だというのも納得だ
それでも私は人を守るために刀を振るう、無一郎を守るために鬼を殺す
もうこれは決して揺るがない、誰に何を言われても絶対に


「菜花さーん!どちらですかー?」


私を探しているであろう隠の人の声が聞こえるので合流するために踵を返した
鬼に向けていた冷たい表情を仕舞って年相応の表情を浮かべる
冷たく達観した私もお父さん譲りの情に溢れる私もどちらも本物だ


「こちらですよー!」


大きく手を振ると隠の方が駆け寄ってくる
雪も積もっているので無理をしないでほしいけれど心配してくれたのはありがたい

隠の人と話していると颯が飛んできた


「祈里!コノママ次ノ任務ニ向カッテ!!場所ハココカラ南西ノ街、既ニ数名ノ隊士ガ居ルカラ合流セヨダッテ!」

「うんわかった」


隠の人にこの場を任せ南西へ向かって進む
早く任務を終わらせて無一郎のところに帰りたいけれど任務をこなして階級を上げることは無一郎を守ることにもつながる、だから少しだけ我慢しよう






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