半夏生




「うっ…痛い!」

「そりゃあ痛いですよ、ぱっくりいってますからね」


出血する腕を差し出す私と、向かい合わせで座るしのぶさんは手当をしてくれている
今回は任務の時にしくじって鬼に腕を切られてしまったんだ
切られた時は呼吸を使って痛みを軽減させたけど、消毒液をかけられた今はかなり痛い


「それにしても祈里さんは怪我の常習犯ですね」

「いやいや、そこまで怪我してませんって」

「いえいえ、謙遜なさらず
丙に上がってからかなりの頻度で来られていますよ」


うふふと笑うしのぶさんに顔が引き攣った
これは怒ってる時の顔だとなんとなく理解できたためだ

蟲柱でもある彼女は鬼殺隊のトップにして医療の知識があり隊士たちの怪我の治療を行っている
私よりも小柄な体ですごい人だと尊敬する
尊敬するけど笑顔の裏で怒ってる時のしのぶさんは洒落にならないほどに怖い


「も、申し訳ありません…気をつけます」

「ええ、是非そうしてください」


治療を受けていると扉が開く
そこにいたのはアオイだった


「しのぶ様、包帯の替えをお持ちしました」

「ありがとう」

「いえ、ではこれ…で……」


私の顔を見たアオイがとても驚いた表情をした後で青ざめる
その後勢いよく部屋を飛び出していってしまったので私はぽかんとしてその姿を見送るしかなかった
目の前のしのぶさんは「あらあら」と眉を下げて私の手当を再開する


「アオイから聞きました、最終選別で一緒だったそうですね」

「はい」

「あの子は最終選別を生き残れたのは運が良かったと話していました、祈里さんに助けられたから生きているのだと」


そんなことはない
アオイは6日目の晩まで生き残っていた
鬼の反撃をくらいはしたが多分生き残れたと思う


「一度も任務に出ていないんです、あの子」

「え」

「最終選別で鬼を目の当たりにして怖くなったと話していました
鬼殺隊の仕事は危険が伴う、命を落とすことも少なくない…そんなところで戦うのが怖くなったそうです、無理もありませんね」


しのぶさんの言うことはわかる
私も鬼を前にして竦んでいる隊士を何人も見てきた
植え付けられた恐怖から刀を握れなくなった者もいた
珍しいことじゃない、でもアオイがそうなっていると聞いて驚く


「もしよければアオイと話してあげてくれませんか?きっとあなたの言葉が一番の特効薬ですから」

「はい」




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治療を終えて蝶屋敷を歩くと治療中の多くの隊士とすれ違う
鬼殺隊は怪我がつきものだから仕方ないとはいえ、こんなにも多くの人を診ているしのぶさんはすごい

アオイの姿はどこにもなく屋敷中を探すも見当たらない
どこにいるのかと庭に出て屋敷の外周を歩いていると、シーツが干されているのが見えた
白いそれは風に揺られてゆらゆらとたなびいている

そこに近づくと、シーツの向こう側に見覚えのある2つ括りの背中が見えた


「アオイ」


びくりと跳ねたアオイはこちらを振り向く
やっぱり顔色は悪そうで、私に怯えているようにも見えた


「久しぶりだね、元気にしてた?」

「ええ…祈里の活躍はよく聞いてるわ
私と違ってたった1年で丙まで登ったあなたは有名人だもの」

「うーん…有名なのは無一郎みたいな人を指すんじゃないの?」

「あの試験で時透さんと祈里がいたから私は運良く生き残れた…隊士になる器じゃないのに」


顔に影を落とすアオイは元気がない
自分を責めているその姿には見覚えがあった


「(ああ…私と一緒だ)」


アオイの姿は有一郎を犠牲に生き残ってしまった自分を責める私と同じだ
そう簡単に消えない罪悪感は痛いほど気持ちがわかる


「アオイ、私はあの選別であなたが鬼に襲われてる姿を見たら体が勝手に動いてたんだ
助けようなんて思ってなんかない、自分がそうしたいからそうしたの

それにアオイは自分の力がないって思ってるのかもだけど、そんなことないよ
今日アオイを探してる間色んな人に会った、みんな治療を受けて、機能回復訓練を受けて、元気になってまた戦える…直接戦ってなくてもそれは立派な戦力だと思うよ」


私の言葉がどれだけアオイの支えになるかはわからない
結局こういうことは自分が乗り越えなきゃ意味がないから

でも私の言葉聞いてから困ったように笑うアオイの表情は忘れられそうにない






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