菖蒲華




街を歩く無一郎、その隣をにこにこして歩く私
今日も朝から鍛錬を行い、いつものように無一郎と立ち合いをするんだと思ってたんだけど彼から「今日はなし、街に行くから」と言われてしまった
無一郎が街に行くなんて珍しいので私もついてきたわけである


「どうしてついてくるの」

「ん?私荷物持ちになるよ」

「僕の方が力あるしそれはいいかな」


きっぱりと断られてしまいしょんぼりする
名前を呼んでくれるようになったとはいえ、辛辣なのは変わらないし今でも心に刺さることはある
それでも私のことを覚えていてくれて、気にかけてくれるのは嬉しい


「ところで何を見にきたの?」

「薬とか包帯、この前向田さんが切れたって言ってたから」

「へぇ…」


無一郎は周りから冷たい人だと思われているけど、記憶を無くしてからも優しい部分はちゃんと残っていた
勿論合理的で正論マンだけど、そこに悪意はない
無一郎のお屋敷にいる隠の皆さんはそれがわかっているから無一郎の世話を甲斐甲斐しくやいている


「(記憶はなくても人のために動くのは無一郎らしいかも)」


くすくす笑うと無一郎が怪訝そうな顔でこちらを見る
でももうそんな目でこちらを見られることにも慣れっこなので今更動じたりはしない


「あ、薬屋さんここだよ」

「いらっしゃい!って、祈里ちゃんじゃないか」

「おばさん、こんにちは
炎症の薬と包帯もらえますか?」

「はいよ、ちょっと待っててね」


薬屋のおばさんが手際よく包んでくれたのでそこまで待たずして受け取ることができた
無一郎曰く予定はもうないそうだけど、せっかくだしってことで街を案内をすることにした


「ここは着物屋さん」

「おお、祈里ちゃん!」

「あ、おじさんこんにちはー」


「こっちはご飯処だよ、おにぎりがとーっても美味しいの!」

「祈里ちゃん、随分褒めてくれるじゃねえか」

「こんにちは、だって本当に美味しいんですもん!」


「で、あっちが」

「あらー!祈里ちゃんじゃない!この前はありがとうね」

「いえいえ!もう体調は大丈夫ですか?」

「おかげさまでばっちりよ」


街を歩けばたくさんの人に声をかけられる
しょっちゅう街に来ては食糧の買い出しをしたり着物を見たりとしている私は街の人と結構知り合いだったりするのだ
至る所から声をかけられる私を見ていた無一郎は目をぱちぱちと瞬かせていた




−−−−−−−−
−−−−




街を見て歩くのも終わったので最後に甘味処で最中をいただくことにした
無一郎に提案したところ「いいよ」とのことだったのでご機嫌でやってきたわけである


「はい最中、祈里ちゃんってば逢い引きにうちを選ぶなんてやるじゃないか」

「逢い…っ!?」


最中を持ってきてくれた時に甘味処のおばさんにそう言われてしまいギョッとするが、無一郎は聞こえていないのかぽけーっと道を歩く人を眺めていた
縁台でいただいているので逢い引きでもなんでもないと思うんだけど


「んふふ、若いっていいわねー」

「もう!違うんですってば!」


わたわたしながらおばさんを店の中へ戻しチラリと無一郎の方を見ると、視線に気がついたのか水色の瞳をこちらに向けた


「どうかした?」

「ううん、なんでも…(聞こえてない、よね…?)」


私からすれば友達と出かけているだけなんだけど、周りからはそう見えるのかと変に意識してしまう
確かに13歳になって無一郎の身長はまた伸びたし、体つきも私より随分逞しい
昔、性別の差に悩んでたことを思い出したが、まさかこんなところでそれを意識するとは思わなかった


「祈里は随分と街の人に慕われてるんだね」

「え…ああ、みんなが親切にしてくれてるだけだよ」

「親切、か」


無一郎は思うところがあるのか黙り込んでしまう
そんな様子を見て私は最中を無一郎の口に突っ込んだ


「ほら食べよう!一緒に食べると美味しいんだよ」

「…味は変わらないと思うけど」

「いいからいいから!」


無粋なことは言わないのと告げてから私も最中をいただいた
うん、やっぱり誰かと食べると何倍も美味しい
嬉しそうに頬を緩ませている私を横目で見ていた無一郎は依然と不思議そうな顔をしていた






戻る


- ナノ -