梅子黄




任務はすぐに完了した
この階級になれば徐々に苦戦する鬼が出てくると聞いているが今はまだ出会っていない
どんな鬼でも基本さえできていれば対処できるのはきっと先生の育て方がよかったおかげだろう


「祈里、オ疲レ様」

「うん、任務報告をお願いしてもいい?」

「任セテ!」


すりすりと私の指に頬擦りしてから颯は空へ飛び上がった
私もああやって飛べたらいいのにと眺めていると隠の人がやってくる
隠にも色々あって、お屋敷にいる守屋さんたちのような世話係の人もいれば、こうやって任務に同行する後処理班の人もいる


「菜花様、お疲れ様です」

「みなさんもお疲れ様です、後処理をお任せしてしまい申し訳ありません」

「いえ!これが私達の勤めですから」


みんなできることを一生懸命やっている
鬼殺隊に入ってそれを強く感じた

任務報告に行っている颯
後処理をしている隠の方々
手持ち無沙汰な私

さてどうしようかと思っていると隠の人から家に帰って休んでいてくださいと言われてしまった
正直帰りづらいというのがるのでどうしようか思案する
ここから無一郎のお屋敷は近いのだけれど遠回りすることにした

街へ来てみればとても賑わっており行き交う人みんな笑顔だ
こうやって街に来るのはお父さんと行った以来なので懐かしい


「あら、祈里ちゃんじゃないかい?」

「え」


声をかけられてそちらを見ると、お父さんとよく行っていた甘味処の女の人がいた


「まー、大きくなって!うちの店移転してこっちに来たんだけど祈里ちゃんもこっちに来てたのね」

「ご無沙汰してます」

「あら、今日は菜花さんは一緒じゃないのかい?」


そうだ、この人は知らないんだ
鬼に襲われたことをぼかしてお父さんが亡くなったことを伝えるととても残念だと泣いていた
普段から情のある付き合いをしていたお父さんだからこそこうやって泣いてくれる人がいるんだろう
お父さんが誇らしくて少し心が温かくなる


「そうかい…祈里ちゃんまだ12だろう?随分苦労したね」

「いえ…そういえばここでも最中って出されているんですか?」

「もちろんだよ!ちょっと待ってな」


女の人が店に戻ったかと思うとしばらくして一つの包みを持って出てきた
そしてその包みを私に差し出す


「これは菜花さんにお世話になった分だと思って持ってっておくれ」

「そんな、お金払いますよ」

「いいからいいから、代わりと言っちゃなんだけどまた顔を見せてくれないかい?」

「はい…ありがとうございます!」


お礼を言ってから甘味処を後にする
私の格好を見て色々聞きたいことはあっただろうに何も聞かずにいてくれたのはありがたい
最中の入った包みを持って無一郎のお屋敷へと帰ると守屋さんと向田さんに手厚く迎えられた

無一郎は柱合会議に行ってるらしいから自分の部屋の縁側で庭を眺めながら最中を食べる
最中に合うお茶を守屋さんが淹れてくれたのでなんだか贅沢だ

一口齧れば、パサッとした皮の食感の後に甘い餡の旨みが口に広がる
任務前にご飯を食べ損ねたから余計美味しく感じた


「…ぐすっ…」


何度もお父さんと食べた味に緊張の糸が緩んだんだろう
気づけば両の目から涙が溢れていた

もし今の私があの日に戻れたならあんな鬼、造作もなく斬ることができるだろう
具合の悪いお父さんを戦わせることなく、豆吉も失うことなく

有一郎も無一郎も元気なままだった
あんな別れ方をすることはなかった


「泣いてるの?」


耳に届いたその声に顔を上げればそこには無一郎がいた
柱合会議はもう終わったんだろうか、また情けない姿を見せてしまった
涙を拭って大丈夫だよと微笑むと無一郎は口を噤む

情けないと叱咤されるかと思い冷や冷やしていると、縁側に無一郎が腰掛ける


「それ何」

「これ?最中だよ、食べる?」

「うん」


1つ無一郎に渡せばパクッと食べ始めた
それがなんだかお父さんと食べた時のようで、少し唇が震えてしまう


「ごめんね、言ったことは間違ってないと思うけど…でも泣かせるつもりはなかったんだ」


最中を食べ終わってからぽつりと言葉を紡いだ無一郎にぽかんとしてしまう


「無一郎…謝れたんだね」

「は?」

「待って待って、怒るか謝るかどっちかにして!」


再会してからの無一郎はもう本当に正論マンで、有一郎の方が何倍も性格がいいと思えるほどには辛辣だった
そんな無一郎が謝ったのだ、そりゃあ驚くのが当然だろう

驚いたままの私に無一郎は持っていた風呂敷を差し出した


「あげる」

「えっ」

「じゃあ僕はもう行くから…じゃあね祈里」


さすが柱、多忙だなと思うも無一郎の後ろ姿を見ながら思い出すのは私の名を呼んだ彼の声
再会してから一度も呼ばれたことのないそれは昔から随分と聞き慣れていたせいか反応に遅れてしまった


「っ、今…名前…!」


慌てて立ち上がるも既に無一郎の姿はない
大人しく縁側に戻って風呂敷を広げれば、そこには綺麗な染めが施された羽織があった

私のために用意してくれたんだろうか、嬉しくて涙を流すのは久しぶりだ






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