腐草為螢




12歳、秋

無一郎のところに押しかけて以来、任務がない日は毎日ここに来て手合わせを申し込む私のことを無一郎は嫌でも覚えたらしい
呆れたように「また来たんだ」と告げられることすら嬉しい
あの日以来ちゃんと木刀で手合わせする私たちを見て隠の人も安心したのか今では微笑ましく見守ってもらっている

数ヶ月が経ち私の階級は丁になっていた
それでも無一郎にはまだまだ遠い、縮まらない差に焦らない日はない

そしてこの期間で無一郎の屋敷の一部屋に住まう許可ももらっていた
というのも毎日通っているのも大変だろうからと隠の人が無一郎に掛け合ってくれたそうだ
無一郎曰く部屋が余ってるし別にいいよとのこと、少しは認めてもらえてると自惚れてもいいんだろうか

そもそも隠の人がなぜこんなに猛プッシュしてくれたのかと言うと、私が率先して家事などを手伝っているからである
山で育った時も基本的に身の回りのことは自分でやっていたし、苦じゃないので無一郎が任務で不在の時などは隠の人と共に掃除や洗濯、炊事など楽しくやっていた
そうこうしている内に熱烈な支持を受けてしまったというわけだ

今日は無一郎が長期任務から帰ってくる日
いつもより早く起きて先生から習った基礎稽古を行う
毎日の繰り返しが力につながるため1日も欠かすことはない

走り込みが終わってから湯浴みをして隊服を着る
最初はみんなと同じデザインだったのに己に上がってから突然スカートになったから慌てて足を隠すタイツを用意してもらった

いつものように髪を結って厨房へ行けば隠のみなさんが朝食の準備をしていた


「おはようございます」

「祈里様!」

「おはようございます」


にこにこと挨拶を返してくれたこの女性は守屋さん
そしてその隣にいる男の人は向田さん
この2人がこのお屋敷の隠を取り仕切っているらしい


「今日無一郎が帰ってくるんですよね?」

「そう聞いていますよ、任務も滞りなく完了したと先ほど連絡を受けましたので」


1週間ほど会っていないけれど彼はまだ私を覚えてくれているんだろうか
少しの期待と怖さが入り混じって変な感覚がした

隠のみなさんと朝食を作って、1人で食べる
一緒に食べることを提案したのだがそこは隊士の人との線引きをしなければならないと断られてしまった


「…一緒に食べた方が美味しいのになぁ」


誰かと共有する”美味しい”はとても素晴らしい
お父さんと最中を食べた時も、おばさんと作った料理を時透家のみんなと食べている時もそうだった

机に並ぶ料理はとても美味しいのに味気なく感じる
無一郎がいる時は2人で食べていたので今日の夕飯は一緒に食べれるだろうかと思うと箸が進んだ

朝食を取った後は掃除を行い、その後洗濯の手伝いをしてから鍛錬を行う
呼吸を使うために肺を膨らませその質を向上させる
それに風の呼吸の精度をあげるために型の訓練も行う
やることはたくさんあるがどれも苦ではない、私はもっと強くならなきゃいけないんだから




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夕刻前、無一郎が帰ってきた
出迎えると覚えてくれていたようで「ただいま」と返事をしてくれた
それが嬉しくて夕飯に彼が好きなふろふき大根を出そうと思ってしまったのだ

おばさんに習ったため手際良く作ったそれを含めた隠の人お手製の料理と共に2人で食事を取る部屋に運んでもらう
部屋には既に無一郎がいた

昔から食欲だけは絶対になくならない方だったのできっとお腹がすいているんだろう
守屋さんと向田さんが手早く並べていくのをじっと見つめている
そしてふろふき大根が机に置かれたのを見た途端、彼の表情が変わった


「…これ」

「あのね、無一郎がふろふき大根が好きって聞いたから作ってみたんだ」


彼の好物だということは昔から知っていたので聞いたと言うのは嘘だ
でも、おばさん直伝の味だから口に合わないことはないはずだと自信もある


「君が作ったの…?」

「うん」


無一郎はふろふき大根を眺めてから、にこにこと笑っている私の方を見た


「強くなりたいってここに来てるのにそんなことしてる暇があるなら少しは鍛錬すれば?」


無一郎のその言葉に息が止まった、正論を告げる彼に有一郎が重なる

一気に現実に引き戻されてあの日の冷たくなる有一郎を思い出す
何もできない無力な自分は目の前で死にゆく彼を見てることしかできなくて、自分が死ねばよかったんだと何度も己を呪った

涙が頬を伝う感覚がする
涙を流したのは重傷の無一郎を前にして鬼狩りになることを誓った時以来初めてのことだった
ずっと泣けないからもう枯れてしまったんだと思っていたのにそうではないらしい

無一郎は涙を流す私を見てただ純粋に驚いたのか少し目を丸くしていた


「霞柱様、それはあんまりです」

「そうです…祈里様は霞柱様のことを思って」


私が泣いていると気がついて守屋さんと向田さんが間に入ってくるも、私は慌てて涙を拭っていつものように笑ってみせた


「いいんです、無一郎の言う通りだから」


そうだ、少し近くにいるからって勘違いしていた
私は無一郎の幸せを壊した張本人なんだ、その事実は絶対に変わらない

と、その時颯がやってくる…任務だ


「ちょっと行ってきますね、せっかく作ってくれたのにごめんなさい」

「あっ、祈里様!」


逃げるように屋敷を出た私は頬を伝う涙を拭う
自分の楽観さが恥ずかしい
無一郎に呆れられただろうか、嫌われただろうか


「…祈里、大丈夫?」

「うん…大丈夫だよ」


私の近くを滑空して心配する颯に返事をして駆ける

私は菜花祈里、罪人だ






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