麦秋生




アオイを襲っていた鬼を斬った後
消えゆく鬼が恨み言を嘆くのでその醜い姿を冷たい目で見下ろした

鬼を前にすると笑顔でいられないんだということを知る
お父さんは鬼も平等に命を保つ生き物だと思っていたそうだけど、私はそうは思えない
人を生きるために食うのではなく、己が強くなるために、快楽を満たすために殺すような鬼は私の生き物の枠には入れられない

完全に消滅した鬼を見届けてから刀を一振りして鞘に仕舞う
カチンという音がしてからアオイを振り返れば怯えた表情でこちらを見ていた
彼女を安心させるためにもにっこりと微笑む


「アオイ、怪我はない?」

「っ…うん…大丈夫」

「そっか、よかった」


私の傍には先ほど鬼に食べられていた男の子の足首が落ちている
生きていたなら助けれられるけど、こうなってしまってはもうどうしようもない

騒ぎを聞きつけた鬼が集まってくるかもしれないため、怯えるアオイを無理やり立たせて移動する
あと数時間生き残れば鬼殺隊になれるのだ、こんなところで死ぬわけにはいかない

アオイは先ほど目の前で鬼に人が食われたのを見たせいか自信を喪失していた
こんな状態じゃ鬼殺隊に入ってもまともに戦えはしないだろう
アオイを見ているとあの日の自分を思い出す
鬼に怯えて震えるのはごく一般的な反応で、今の私の方がどうかしてるんだ

その後も麓へ向かうために走り続ける
あれからどれほどの時間が経っただろうか
私たちが麓へ行くことを予測している頭の回る鬼が数名待ち伏せしていたけれどどれも低級のため一振りで斬れた


「はあっ…はあっ…」


肩で息をするアオイの隣で私も呼吸を整える
頭上には藤の花が咲いており中腹までこれたらしい
ここまでくれば鬼はもういない、もう安心だ


「アオイ、よく頑張ったね」

「っ…私…祈里がいなかったら」

「そんなことないよ」


元気のないアオイを気遣いつつ麓へ降りていく
藤の花はこんなにも綺麗だというのに俯いていて勿体無い




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「おめでとうございます」

「ご無事で何よりです」


私たちを出迎えてくれたのは開始の時にもいた双子の女の子
この場にいる参加者は無一郎と私とアオイ、そして他2人のみ
意外と減ったなと思いつつも無一郎が生きていたことにホッとする
見たところ怪我もなく元気そうで安心した


「まずは隊服を支給させていただきます、体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」

「階級は10段階ございます」


上から順に甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸という10の階級
先生のような柱と呼ばれる人は甲だとか


「今現在皆様は一番下の癸でございます」


どれだけの鬼を殺せば柱になれるんだろうか
別に柱になりたいとかはないけれど、少なくとも無一郎には追いつきたい
彼を守ることが私の生きる理由なんだから

双子の女の子がぱちぱちと手を叩くと同時にカラスがそれぞれの下へ舞い降りてくる
私の腕に留まったカラスは他のカラスより一回り体が小さい


「今から皆様に鎹鴉をつけさせていただきます、鎹鴉は主に連絡用のカラスでございます」


猟師と猟犬がパートナーであるように、この子が私のパートナーになるわけかと納得し顎を撫でると嬉しそうに目を細める


その後、採寸を行い階級を刻んでもらった
そしてずらりと並ぶ玉鋼の前に並ぶ生き残った参加者達


「本日、刀を作る鋼”玉鋼”を選んでいただきますが刀が出来上がるまで10日から15日かかります
ではこちらから玉鋼を選んでくださいませ、鬼を滅殺し己の身を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」


どうしようかなと思い一つ一つ見ていると、とある玉鋼から風を感じた
別に玉鋼自体が風を発するわけでもないのに確かにそれを感じて手を伸ばす
他の参加者達も玉鋼を選び、この玉鋼を元に鍛冶師が刀を打ってくれるそうだ

支給された隊服を持って各々が帰路につく中、私は無一郎の下へ駆け寄る


「ね!生き残ってたよ!」

「…君誰」

「あれ、名乗ってなかったっけ?私は祈里、菜花祈里」


私の名前を聞いた無一郎は少し目を丸くする
でもそれは一瞬のことですぐに興味なさそうな表情に戻った


「それで?生き残ってたから何」

「約束したでしょ、生き残ったら友達になるって」

「そうだっけ?覚えてないや」


確かに覚えてたらと言っていた気がするなと唸っていると、無一郎は帰路につくため歩き始める
そんな彼を慌てて追いかけてあれやこれやと話しかけるけど返ってくるのは一言のみ


「色々話したって意味ないよ、どうせ覚えてないんだから」

「うーん、そっか…じゃあ会う度に私が話しかけるよ」

「え」

「いつか無一郎が覚えてくれるまでずっと」


にっこりと無一郎に笑いかけると、無一郎は少しだけ困ったような顔をした
刀が支給されるまでは一度先生のお屋敷に戻る予定なので無一郎とはここまでだ


「じゃあまたね!」


大きく手を振って駆けていく私を呆然としたまま見送った無一郎は「変な子」と呟く
そして数歩進んでから歩みを止めて遠ざかる私の背中を振り返った


「僕あの子に名乗ったっけ」






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