紅花栄




鳥居をくぐってから6日目の朝が来た
今日で折り返し、今晩生き残れば鬼殺隊に入れる

朝になると太陽の光を警戒して鬼は姿を隠す
この時間は体力回復に努める時間だ


「えっと…確かこの辺りに…あった!」


昨晩移動中に見つけたキノコ
食糧になるなと覚えていたのが助かった
毒性はないからとかぶりつくと近くから腹の虫が鳴く音が聞こえてきた


「あっ」

「?」


太陽が上っている内は警戒する必要もないのでキノコを咀嚼しながら振り向くとそこには藤襲山に来た時に会った髪を二つに結った女の子がいる
顔色が悪いようですぐにその子がこの間食事をしていないことに気がついた


「あの、よかったら食べます?」

「っ!食べる!!」


勢いよく飛び出してきたその子は私が差し出したキノコをむしゃむしゃと食べ始めた

夜のうちは生きるか死ぬかの緊張で張り詰めているからこそ日中は休息を取らないといけない
休息といえば睡眠、食事の2つが必要不可欠だけどどちらかが欠ければ休息は成り立たない


「水も飲みます?」

「飲む!!!」


食い気味に返事をされるとこちらも悪い気はしない
お父さんは人に親切にしなさいと言っていた、おじさんもだ
人への行いは巡り巡って自分に返ってくるのだと

だから私は景信山を降りてからも人にはいつも笑顔でいるようにした
先生のところの兄弟子達からすればそれが気に入らなかったそうだけど


「ぷはっ…生き返った…!」

「ふふ、よかったです」


そこでようやくハッとしたのか、顔を赤らめて恥ずかしそうに俯く女の子
その様子を見て首を傾げると頭を下げられた


「ありがとう、おかげで命拾いしたわ」

「えっ、そんな大袈裟な」

「いいえ!本当に死んでしまうところだったもの」


初見では性格がキツイ人なのかなと思ったけれどそうではなくきっちりした人なんだろう
歳下の私を相手にもしっかり敬意を持ってお礼を告げるのだから


「私は神崎アオイ、あなたは?」

「私は菜花祈里です」

「敬語じゃなくていいのよ、命の恩人なんだから」


そう言って微笑むアオイはしばらく休息を取ってから邪魔になるといけないと言ってどこかへ行ってしまった
この選別は決まったルールなんてない、一緒にいても問題ないというのに不思議な子だ

川の傍で軽く睡眠をとることにした私は山の中ということもあって景信山でのことを夢見ていた
豆吉と一緒に駆け回った野原、そこには有一郎と無一郎もいて、私たちを見守るお父さん、おじさん、おばさん
毎日が楽しくて、ずっとこの時間が続くとそう信じて疑わなかった

目を開けると空が徐々に赤く染まり始めている


「…今日も頑張らなきゃ」


季節は春、闇夜の時間は12時間と少し
生き残るために今日も刀を振るう

とはいえ私は風が示す方向に移動しているだけだ
お父さんが言っていたように風を読めば何の障害もなく無事に生きながらえることが出来た
今日まで鬼には遭遇していないし、他の人に会ったのもアオイが初めてだ
無一郎がやられているとは思えないけど、他の人たちはどれほどやられてしまったか
別に他の人が心配というわけじゃない、やられた人が多ければその分鬼が強くなるからだ


「(相変わらず冷たいな)」


お父さんのいうように人に優しく親切にしつつもどこか達観したかのような自分がいる
おばさんが亡くなった時もそうだった、悲しみつつも他人事のように見ていた
私はきっと自分勝手な人間なんだろう…これからもきっと

鬼に居場所を探られないよう山を走りつつ周囲を警戒する
風を読んでいれば今日も問題ないだろうと思った時、悲鳴のようなものが聞こえた


「…アオイ?」


昼間に聞いたその声に気付けば足は向かっていた
この選別を生き残りたいのならば行くべきではないのに体が勝手に動く

開けた視界、そこには参加者であろう男の子を食べている鬼と、足がすくんで動けなくなっているアオイの姿
2人で鬼を倒そうとしたけれど鬼が想像以上に強かったため返り討ちに遭ったと見た


「祈里!」

『あー?新しい餌がきたなぁ』


嬉しそうな鬼がこちらを向く
あの日以来鬼に遭遇したのは初めてで、ふつふつと怒りが込み上げてくる

先生は言っていた、風の呼吸の適応者は激情型が多いって
その通りだと思う、私も怒りが止まらないんだ
にこにこしていても心にはずっと鬼と自分への怒りが溜まっている

この怒りは力になる、そして私は狩人だ
命を狩る者として目の前の鬼を確実に仕留める


「ダメ!この鬼はもう10人を食べてる!!!」


鬼に切り掛かるため刀を構えている私にアオイが叫ぶ
でも私にはそんなこと関係ない
鬼狩りになるんだ、こんな鬼に怯んでいられない


『ヒヒッ、馬鹿が突っ込んできやがる』


スゥッと息を吸うと肺に空気が取り込まれて身体中の血液に酸素が乗せられる


「風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風」


斜めに振り下ろした刀
一振りで4本の斬撃を発生させるその技は鬼を斬り裂く

他の呼吸と違い風の呼吸は実際に風を生み出す、周囲に風が吹き荒れアオイは目を見開いた
自分より小さい背中で強靭な技を繰り出すその姿に

頸を斬られ消えゆく鬼を見下ろす私の瞳は冷たい緑色の光を灯していた






戻る


- ナノ -