蚕起食桑




先生の御屋敷から1日、藤襲山にたどり着いた私の前には長い階段がある
ここを登ればいよいよ最終選別だ

一段一段登っていると綺麗な藤の花に出迎えられて思わず見とれてしまう
景信山では見たことがなかったので尚更だ


「すごい…綺麗」


こうやって花を見るのはいつぶりだろうか
少なくともこの半年は死にものぐるいだったので記憶には無い


「あの…通っても?」


声をかけられて振り向くと、そこには髪を2つに結った女の子がいた
私よりも歳上であろうその子はどうも私のせいで先へ進めないらしい


「あ、すみません」


道を譲ると訝しげに見られつつも彼女は登っていった
そっか、最終選別だもんね、そりゃあみんピリピリするか
と他人事のように考えながら階段を登りきると開けた場所に出る

そこにはざっと20人程いるようだが興味が湧かないので近くの木にでもより掛かろうかなと歩みを進めるとそこには先客がいた


「…えっ」


どうしてここに?そんな疑問が頭を駆け巡る
そこにいたのは紛れもなく無一郎なのだから

私の視線に気がついた無一郎はこちらに目を向ける
ぼんやりとした表情なのは昔からだけど、感情が欠如したようにも見えて少し怖い


「何か用」


無一郎が放つ有一郎のような声に息が止まった
あまね様から記憶障害だとは聞いていたけれどまさか有一郎のようになるなんて思いもしなかったのだ
無意識の内に有一郎を求めているが故のことなのかは分からないけれど


「ねえ、何か用って聞いてるんだけど」

「あっ、えっと…その…」


おろおろしている私を変なものを見るような目で見てくる無一郎に心が抉られていく
あんなに笑顔で名前を呼んでくれたというのに悲しすぎる

それに無一郎が記憶を無くしたと聞いた時、あんな辛いことを思い出して欲しくないという思いも含めて私のことは伏せておいてもらえるようあまね様に頼んでいた

どうか平和に過ごせますようにと願っていたのに、まさか鬼殺隊を目指すとは…それも目を覚まして1ヶ月という短期間で


「君さっきから何なの、用がないなら向こうに行ってくれない?」

「(辛辣!!!)」


悲しくて仕方ないのでしょんぼりしながら別の場所へ向かう
無一郎がここにいるなんて大誤算だけれど、あまね様の手紙から激しい修行をしているとは聞いていたしいずれこうなっていたのかもしれない
影から見守るくらいの距離感でいようと思っていたのにいざ目の前にするとあの頃のように会話したくて仕方がない


「(私のこと恨んでるかもしれないのになぁ)」


あの日に鬼に襲撃されるきっかけを作ったのは私だ
鬼が来ると知っていたのに逃すことが出来なかったのも私の失態だ
有一郎が死ぬことなんてなかった、無一郎が記憶障害になる必要なんてなかった


「(私が死ねばよかったのに)」


そうこうしているうちに刻限になったようだ


「「皆様、こよいは鬼殺隊最終選別にお集まりくださってありがとうございます」」


山の奥へと続く鳥居の前に女の子2人が並び立つ
双子のようで、有一郎と無一郎を見ているような錯覚を覚えてしまった
肝心の無一郎は表情一つ変えていない


「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められており、外に出ることはできません」

「山の麓から中腹にかけて鬼どもの嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」


そういえば鬼は藤の花が嫌いとか聞いた事があるなとぼんやり考える
もし景信山にいる時にこれを知っていたらまた違ったのかなと


「しかし、ここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼どもがおります」

「この中で7日間生き抜く、それが最終選別の合格条件でございます」


7日生き抜くだけでも普通の人からすれば大変だろうに鬼までいるときた
先生が「普通なら苦労するが祈里なら平気だろうね」と言っていたのはこのためか
山で育ってきたおかげで食糧などの知識は問題ない、それにここにいる鬼は低級のものと説明もあった
鬼は食べた人の数で強さを増す、低級とはいえ2、3人は犠牲になっているんだろうと思うと吐き気がした


「「では、いってらっしゃいませ」」


ぞろぞろと鳥居をくぐって山へ入っていく参加者達
私も行こうかと思い足を進めると、くいっと袖を引かれた感覚がしたので振り向く
そこにいたのは無一郎で、私の顔をぼんやりとした表情で眺めている


「君さ、僕のこと知ってるの?」

「え…ううん…初対面だと思うよ」


無一郎に嘘をつくのは心が痛いけれど無理に思い出さなくていい
もし無一郎が思い出したいというのなら話は別だけど


「そっか…じゃあもういい」


鳥居に向かって歩いていく無一郎
彼の強さはなんとなく感じる、私よりもずっと上だ
この山で7日生き残るなんて造作もないだろう


「…ねえ」


何も問題ない、そのはずなのに気がつけば無一郎を呼び止めていた


「7日後、また会えたら友達になってほしいな」


私を友達だと言ってくれた有一郎と無一郎
私は欲張りだから影から見守るなんて出来そうにない

私の提案を聞いた無一郎は暫くしてから「覚えてたらね」と告げた






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