竹笋生
ドッという音と共に転げた私の傍にカランカランと刀が落ちた
すぐに刀を拾い、立ち上がって構える
「もう50は超えたというのに流石だわい」
「(なんで息一つ乱してないの…!?)」
体のあちこちが痛む自分と対照的に先生は涼しい顔をして笑っている
ただ、その目は私を品定めするような眼差しでこちらを見ていた
「ほれほれ、藤襲山まではここから1日はかかる、明日の選抜は夕刻と共に始まるからもうそろそろ出発せんと間に合わんかもな」
「っ」
いやだ、この半年の修行が無駄になるなんて絶対にいやだ
無一郎は記憶を無くしても前に進もうとしているのに私は一歩も進んでいない
景信山で山菜を採っていたあの頃と何も変わらない
焦る気持ちを落ち着けるためフーッと息を吐く
「(落ち着け、風を読め、先生は素早いけれど同じ人間…必ず隙はある)」
集中しろ、集中しろ
そう言い聞かせ刀を構えた
ふとその時脳裏をよぎったのはお父さんと行った狩猟のあの感覚
初めて狐を狩った時のあの時のこと
「(そうだ…私はずっと前から知っている)」
お父さんがずっと教えてくれていた
命の大切さを、尊さを、生きるということを
生きるために銃を放つ
生きるために剣を振るう
なんだ、簡単なことじゃないか
「(おや、祈里の風が変わった)」
私の変化に気がついた先生が刀を持つ手に力をこめた
直後、一瞬で目の前に現れた私に先生は目を見開く
「風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ」
「っ!」
私の一撃を受けた先生の刀はキィィと音を立てている
すると暫く間を置いてから先生の刀が欠けた
「あ」
「え」
流石に元柱相手なので本気を出しても支障はないだろうと思っていたが、これはまずい
顔が引き攣る私が謝るために土下座の体勢をとると、先生は大声で笑った
「あははは!!!やるじゃないか祈里!この刀がもう何十年も折れていないというのに…そうかい、そうかい…伊織はよい教育をしたんだね」
「お父さんが…?」
「今の一撃はこれまでの50回と違った、自己犠牲じゃない狩人の一撃だった」
「…あ」
言われてみれば今は狩猟の時のことを考えていた、命を狩る者としての気持ちだった
そこに雑念などはなく、ただ一つ…命への感謝のみが頭を占めていた
「伊織は才が無いと嘆いていたが、そんなことはなかったんだよ
あの子は狩人としての才がずば抜けていた…鬼殺の剣士に必要なことさ」
「お父さん…でも、じゃあなんで…」
「伊織は常々言っていたよ、自分の剣技では鬼を苦しませずに殺すことはできない…と」
それを聞いてハッとした
お父さんはどんな生き物でも平等に命があると
鬼のこともそのくくりに入れていたのか、だから苦しまず殺すことができないことを嘆き剣士の道を避けたのかと
「先ほども言った通り風の呼吸の適応者は激情型が多い…伊織は型が合っていなかっただけで才能はあったんだ
ただあの子の優しさに触れる内におばぁはあの子を鬼殺隊に入れてはならんと思うようになった
優しすぎるあの子にはつらすぎる世界だからね…昨日同じ釜の飯を食べた仲間が死んでいるようなところにいるとあの子は壊れてしまう
どうか平和に過ごしてほしいと願っていたというのに…鬼に殺されてしまうとは…」
「先生…」
「祈里、お前さんは自分のせいだと責めているが、伊織に力を渡さなかったのはこのおばぁよ…恨むならおばぁを恨みんさい」
確かに先生がお父さんに正しい型を推薦していればお父さんは鬼へ対抗する力を身につけていたかもしれない
日輪刀を持っていれば相打ちにはならなかったかもしれない
でも、もしお父さんが鬼殺隊に入っていたら私は生まれていないかもしれない
お母さんとも出会わなかったかもしれない
「…お父さんは先生に感謝していました…すごい人だと何度も聞かされました…先生…お父さんは幸せでしたよ…恨むことなんて何も無い」
「…そうかい」
その後先生は中庭の方を眺めたまましばらく黙り込んでいた
そして「合格だ」と一言告げる
「約束だよ祈里…このおばぁより長く生きるんだ」
「はい、先生」
頭を下げた私は先生からもらった選抜用の日輪刀を持ってお屋敷を出た
背を押してくれるように吹く風はまるで先生のようで頬が緩む
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