蚯蚓出




最終選別へ向けての最終稽古を先生と行う
基本的な動作の確認から風の呼吸の精度を上げることまで網羅的に全てを先生から直接学べるなんてそうそう無い

だから私は今までよりももっと集中して取り組んだ
四六時中先生に言われたことだけを考える日々

いよいよ最終日となり、明日は試験だというのに先生は私を真正面に座らせ静かな声でこう告げた


「祈里、お前さんを最終選別へ行かせるわけにはいかん」


何を言われたのか理解するまでに時間がかかった
今日の稽古が終わり次第ここを立とうと思っていたのにどういうことだと顔に焦りが出てしまう


「おお、お前さんの笑顔以外の表情は久しいの」

「ちょっと待ってください先生!どうして急にそんな…」

「このままだとお前さんを行かせられん、それだけのことよ」

「答えになっていません!」


先生の言うとおり修行をこなした、先生の目の前で門下生の選抜にも勝ち抜いた
そして先生との最終稽古もこなせた自信がある
それなのに最終日にこんなことを言われる理由が全く分からない


「祈里、どうして鬼殺隊に入りたいんだい?」

「そんなの先生もご存知でしょう…半年前に私は鬼に家族と大切な友達を殺されました…もう二度とあんなことが起こらないようにするためです」

「そうさな、そうじゃった」


うんうんと頷く先生はつかみどころのないまさに風そのもののような人だ
そしていつもこちらの心の内を見透かしたように話すので若干居心地が悪い


「おばぁの期待通り半年で仕上げたのは見事よ、これまでの門下生の中でもずば抜けて優秀
正直鬼殺隊に入ってもすぐに上に登ることは目に見えておる」

「では何故…」

「お前さんの守りたい人に自分が入っておらんからだよ、祈里」


サアッと春の心地よい風が吹き抜ける
このお屋敷はとても風通りが良く造られているので先生らしい
私は先生に突かれたところが痛いため目を逸らした


「その目を逸らす癖は伊織譲りかい、似ておる似ておる」


ケラケラと笑う先生を前にどんな言葉を言えば納得してもらえるのか考える
確かに私は半年前のあの時から自分の命を軽んじている
本当なら死んでもおかしくなかったのに生き延びてしまったことで罪悪感に苛まれていた
有一郎が死んで私が生き延びたことに申し訳なさがあるためだろう

だから修行で怪我をしても無理をしてきた
幸い昔から体は丈夫だったから体調を崩すこともなくやってこれた
風の呼吸は攻撃型の技のため守りの技は少ない、自分の命を軽んじる私にぴったりだと常々思っていたことを見抜かれていたようだ


「風の呼吸の適性者は荒々しい者が多いのよ、それは単に表面上の性格の話じゃない
剣を扱うことに喜びを覚える者、鬼を狩ることに悦を見出す者、そして怒りを剣に乗せる者
そういう者がこの呼吸を習得していく…祈里、お前さんもだろうに…自分への怒りを剣に乗せているね?」


ダメだ、この人には嘘がつけない
観念して頷くと先生はこれまた大きな声で笑った


「そうかい、そうかい!ならこのおばぁと同じさね」

「…え」


どういう意味だと思った私の目に映ったのは着物を捲る先生の姿
これにはギョッとして慌てて止めに入る


「ちょ!先生!いくら老体とはいえ女性が公の場でこんな!」

「お前さん何気に失礼なことを言うの…大丈夫、人払いは済ませておる」


先生が着物の上半身を脱ぎ、サラシを巻いた体を露わにする
その姿を見て私は息を飲んだ
身体中にある傷跡…中でも先生の首から脇腹にかけてある一際大きな傷が目に止まる


「これらはおばぁが現役の時に受けた傷よ、これを見てどう思う」

「…痛々しい…です」

「そうさな、祈里は優しい子だからそう言うと思ったわい」


再び服を着直した先生は私をじっと見つめる


「今おばぁはな、祈里に同じ気持ちを抱いとる…お前さんは痛々しい」

「っ…でも…私はどうしても」

「忘れられん憎しみも怒りも強さの源、それを否定するつもりはないわい
ただお前さんが死んでしまうことが心配なんだよ」


最終選別の話だけじゃない、その先に鬼殺隊で鬼と遭遇した時に私が取りうる行動を予見して忠告しているんだと理解できた
でも、だからこそ分からない、私に才があると言ったのは先生の方だというのに


「私は先生が素質があると言ったからこの道を選んだんです…それなのに…今更そんなことを言わないでください」

「その通り、これはおばぁの我儘よ」


あっはっはと笑う先生を前にして何を言っても無駄だと悟る
もう残された道はこれしかない

立ち上がった私はゆっくりと刀を抜いた
先生の表情がこれまでの優しいものから無表情へと変わる


「先生、お相手願えますか…私は必ず最終選別へ行きます!」

「そうかい、そうかい…何とも…馬鹿な子さね」


立ち上がった先生も刀を抜く、緑色の綺麗な刀は日輪刀という
先生と共に過酷な戦場を乗り越えてきたその刀の切っ先が私へ向けられた


「さあ、かかっておいで」






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