蛙始鳴




あの夏の日から半年が経った
12歳になった私は扇町さんこと先生のお屋敷にて修行させていただいている


「ひっ」


ドンッと転がった兄弟子の手から刀が転がる
すかさず兄弟子の首に切っ先を向けて動きを封じた


「そこまで」


淡々とした声が聞こえ、私は刀を鞘に収める
兄弟子は助かったと言わんばかりにほっとした表情だ


「祈里、これで全門下生の頂点はお前さんだよ」

「ありがとうございます、先生」


頭を下げると周りの兄弟子たちからぱちぱちと拍手の音が聞こえる
ここには総勢20名弱の剣士見習いがいるそうで、先生の修行をやり遂げた者の中で選抜を行い、その頂点に君臨した者のみが次に行われる藤襲山の最終選別へと進むことができるらしい

ここへ来て半年という期間で上り詰めた私に面白くない顔をする人もいる
でもそんなことに構っているほど暇じゃないのだ

あの日、自分の無力のせいで大切なものを失った
もう二度と同じ過ちを繰り返さないためにも私は必ず鬼殺隊に入る
命を軽んじている鬼をこの世から殲滅するために


「次の選別試験は来週末と聞いている、それまで祈里はこのおばぁと修行さ」

「はい、よろしくお願いします」


鬼殺隊に入るためには育手という剣士を育成する者の下で修行を積む必要がある
一部例外はあるそうだけれど、育手から基本的なことを学ぶのが正規ルートだそうだ

先生から学んだのは基礎体力の向上、呼吸法、風の呼吸の型、そして剣士として必要な能力諸々
どれも初めてのことだらけでここへ来て3日目までは泣き言も言っていた
でも、もうやめたい、つらいと思う度に思い出すあの夜の記憶

私は自分の罪を背負わなければならない
自分の無知さのせいで、自分の無力さのせいで人が死ぬ
生きるためではなくただ己の快楽のために人を食らうような鬼に大切な人が殺された
全部…全部私のせいなのだから

ぐっと握った拳
手のひらはマメが出来ていて中には破裂し血も滲んでいるものもある
拳を握ったことでじわりと痛むがあの夜に腹を貫かれた痛みほどではない

思い出せば怒りが込み上げてくる
不甲斐ない自分への怒りと、鬼への憎悪
その怒りこそが私の原動力となっていた




−−−−−−−−
−−−−




「先輩の顔を立てようとか思わないわけ?」


夕食後、就寝までの時間で素振りを行なっていると兄弟子の数人がやってきた
どうやら今日の選抜で私に負けたのが気に食わないらしい

素振りをやめて顔を向ければ人数は3
どれもここに1年以上いる人達なので色々察する
先生は私を受け入れてくれた時に「早くて半年、遅くても1年で最終選別へ行ってもらう」と告げた
その分修行は過酷だし、脱落して辞めていく者もいる
それでも先生の下にはすぐに新しい門下生がやってくる
育手は全国各地にいるらしいけれど、やはり元風柱というだけあってここは人気のようだ

話を戻すとこの先輩方は1年以上ここにいる、つまり先生の期待に応えられていない人達ということ
そこまで考えてからにっこりと微笑む


「申し訳ありません、私の方が強かったのがそんなに気に入りませんでしたか?」


私は自分のやるべきことをやっているだけだ、この人達の事情なんて知ったことはない
そもそも鬼殺隊に入る前の段階でゆっくりしてられないのだから

あまりにも腹がたったのか3人の内1人が手をあげようとしてくる
こんな動作を避けられないはずないだろうと冷めた目で見ていると、突風の気配がした
一歩下がると先輩たちがまとめて風に煽られる


「っ!?」

「な、何だ!」

「いい加減にしなアンタたち!」


声の方向を見ると先生の孫である鈴音さんがいた、どうやら技を放ったらしい
多少手荒だけど場を収めようとしてくれたんだろう

依然とにこにことしたままの私を地面に伏したまま睨みつける兄弟子たち
とても申し訳ないけど是非ともここで足踏みしていてほしい

悔しそうに部屋に戻っていった兄弟子たちを見送ってからまた素振りに戻ろうとすると鈴音さんに止められた


「祈里、アンタも少しは休息しな」

「ちゃんと休んでますよ、食事、風呂の時とかに」

「それは休んでるって言わない、誰よりも早く起きて誰よりも遅くまで起きてるっていうのに体を壊さない方が不思議だよ全く…」


鈴音さんは30手前のお姉さんだ
長生きしている先生の面倒を見ながらこの屋敷を管理しているとか


「あとこれ」


スッと渡されたのは手紙
綺麗な字で祈里様と書かれたそれはあまね様からだとすぐに分かる
手紙を渡して鈴音さんは「今日は早く寝るんだよ」と言って去ってしまった

月明かりの下で手紙を読む
そこに書かれていたのは1ヶ月ほど前に無一郎が目を覚ましたということ、そして毎日繰り返し鍛錬をしているということが書かれていた
目を覚ましたが強いショックのため記憶障害になっており今までのことはもちろん、直近のことも短期間しか覚えられないらしい

無一郎は記憶をなくしても怒りだけは覚えているらしく、それを糧に稽古を繰り返しているという
私のことを尋ねてみたがやはり思い出せないそうで、せめてと思いあまね様は手紙を送ってくださったのだ

手紙を読み進める内にどんどん手に力がこもっていった
生き残った無一郎ですら苦しんでいるというのだ、やっぱりこの世界には神様も仏様もいない


「…ごめんね…無一郎」


私の弱々しい呟きは夜の静寂の中へと消えた






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