霜止出苗




街へ行けば誰かが助けてくれる、そう思い必死に駆ける

と、ふと有一郎と無一郎のことが頭を過った
私が昼間に扉を開けて寝るのを勧めたことも


「っ!!」


二人が危ない

そう思い街ではなく時透家へと行き先を変えた
通い慣れた道なのにずいぶん遠く感じる


「はぁっ…はあっ!」


急げ、早く二人を逃がさなきゃ
ようやく家が見えた、やはり扉が開いている


「二人とも!鬼が来る!!」


中へ駆け込めば入り口の水甕の前に無一郎が、真正面の布団に有一郎がいた
二人は私に目を丸くしており唖然としたままだ


「早く逃げ…っ!!」


ドッと背から衝撃が走る
目線を下せば自分の体を貫く長い爪が見えた


「「祈里!」」


二人に名を呼ばれたと気づいた時にはもう鬼によって家の奥の壁に叩きつけられ床にぐったりと倒れていた
頭を打ったせいで視界が揺らぐ


『何だ何だ、あいつがしくじったのか?』


扉にいる鬼は先ほど我が家を襲撃した鬼とは違う
でも口ぶりからして仲間なんだろう


「うっ…逃げ…っ」


声を振り絞るけど上手く発声できない


『なんだ…ガキだけかよ…チッ…まあいいか』


私に駆け寄ろうとしていた無一郎目掛け腕を振り上げた鬼


「無一郎!」


無一郎を守ろうと飛び出してきた有一郎の腕を鬼が切り裂く
吹き飛んだ腕は壁に叩きつけられ、べちゃりと床に落ちた


「うあああああ!!!痛い!痛いいいい!!!」


有一郎の悲鳴が聞こえるのに体が動かない
助けに来たのになんてザマだ


「兄さん…兄さん!」

『へへへ…』

「ひっ…うわあああ!!」


無一郎が有一郎を連れて私の下へと逃げてくる
入り口から一番離れた家の隅に3人で集まって身を寄せ合う姿は弱々しい


『うるせえうるせえ!騒ぐな!!』


ズカズカと上がり込んできた鬼は私たちを見下ろす


『どうせお前らみたいな貧乏人は何の役にも立たねえだろ、いてもいなくても変わらないようなつまらねえ命なんだからよ』


鬼の言葉に私は拳を握った


「そんなこと…ない…」


ぐっと力をこめて上体を起こし立ち上がる


「命は平等だ!つまらない命なんてない!!!」


鬼を睨みつけてそう言い放った私は殴りつけられ地面に薙ぎ倒される
床に転がっている私の首を鬼が掴み上げた
ぶらりと宙吊りになったせいで呼吸がままならない


「祈里!!!」

『説教垂れやがってイラつくなガキ!お前から食ってやるよ!!』


鬼が大きく口を開ける
先ほど腹部をやられた時の血が止まらない
壁に叩きつけられたことで骨も折れてるようだ左腕が動かない
殴られた衝撃で意識が飛びそうだ


「(死ぬのかな、私)」


ごめんねお父さん、せっかく逃がしてくれたのに
覚悟を決めたその時、無一郎の咆哮に意識を戻された


「うあああああああ!!!!!!」


初めて聞いた彼の大声
直後、無一郎は鬼へと殴りかかった

その衝撃で鬼は私を離す
どさりと床に落ち、目の前で起こっている無一郎の攻撃を目の当たりにした
厨房から包丁など武器になりそうなものを持って鬼を切り掛かる無一郎の形相は恐ろしい


「う…祈里…」


隣にいた有一郎が私を布団に横たわらせた
有一郎も出血が激しいというのに私を気遣ってくれるその優しさが今は苦しい

言葉を出そうとするけどやはり声が出ない
気管をやられたのかもしれない、臓器がダメになったのならもう私は長くないだろう
隣に横たわる有一郎が涙を流した


「ごめん…祈里…ごめんな」


有一郎が謝ることなんてない
私が二人を巻き込んだんだ
全て私のせいだ

時々聞こえる金属音や叫びは無一郎が戦っているためだろう


「(動いて…お願い、動いてよ!!)」


助けなきゃ、このままじゃ二人とも死んでしまう
けれど思い空しく私は目の前で死にゆく有一郎を見つめることしかできない
そういう私も意識が遠のいてきている


時間感覚も無くなってきた頃、日が上ったのか鳥の囀りが聞こえた
夜が明けた、恐ろしい夜が






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