鴻雁北




あまね様が二人のところを訪れるようになって時が経った
もう季節は夏目前だというのに不思議と過ごしやすい気候のように感じる

あの日二人の喧嘩を盗み聞きして以来、二人が会話しているのを見たことがない
私もそれを問おうとはしなかった、どう声をかけるべきかわからなかったから

でも、それでも決して距離を取ろうとは思わなかった
もし二人が剣士になるって言うのなら背中を押してあげたいと考えるようにもなっていた


「有一郎、これお裾分けね」

「ありがとう」


今日の夕飯用に作った具材を届けると、有一郎は少し参っているように見えた


「無一郎は?」

「…知らない」


冷たくそう告げるわりには先ほどから扉の方をチラチラ見ている
心配なんだろう、でも喧嘩している手前気にしている素振りは見せたくないと見た


「あの日の会話」

「え?」

「聞いてたんだろう?」


二人が喧嘩した日のことを言っているんだろう
扉の前に獣の肉を置いてきたんだしそりゃあ分かるか


「うん、ごめんね立ち聞きしちゃって」

「別にいい、祈里だしな」


有一郎は目を伏せながらそう言った

たった一人の家族と会話しないまま過ごすなんてどんな気持ちなんだろうか
私がお父さんと会話できないなんて考えただけで悲しくなる


「有一郎」

「…なんだよ」

「不器用だね」

「お前に何が分かる」


ムッとした有一郎に首を傾げる


「有一郎は言い方がキツイだけでほんとは優しいってこと?それとも無一郎を守ろうと一生懸命なこと?」


ちゃんと分かってるよと付け加えてそう告げると、有一郎が観念したようにため息を吐く


「あいつはすごい奴だから…絶対に守ってやらなきゃならないんだ」

「すごいって?」

「自分ではない誰かのために無限の力を出せる選ばれた人間ってこと」


夕飯の準備をしようと立ち上がった有一郎が厨房へ行く
その背中を眺めていた時、扉が開いて籠を持った無一郎が入ってきた
どうやら水を汲みに行っていたらしい

扉の傍にある水瓶に組んできた水を入れた無一郎は居心地が悪そうにしている


「そうだ、今日の夕飯に山菜がいるんだった」

「え?」

「ねえ無一郎、手伝ってくれない?」

「あ…うん、いいけど」


気まずい二人の仲を取り持つのは私の役目だ
喧嘩の理由はそれぞれの思いがあるから口出しはしないけど、二人が仲良くしてくれないのは私も悲しい

無一郎を連れ出して山菜を集めていると、ずっと無言だった無一郎が口を開く


「ごめんね、気を遣わせて」

その言葉を聞いて私はあえてとぼけたように「何のこと?」と笑った
気を遣わせているのはこっちの方だというのに、本当に優しい


「兄さんと僕…喧嘩していて…」

「うん、知ってる」

「…祈里は…」


顔を上げた無一郎の目が私をまっすぐ捉える


「祈里はどっちが正しいと思う?」

「どっちもかな」

「それは無しだよ」


眉を下げた無一郎にくすくすと笑う
有一郎よりは気弱だけど無一郎も結構頑固だ、お互いに自分は悪くないと言い張りたいんだろう


「白黒付けなきゃいけないの?有一郎も無一郎もどっちも正しいよ」

「…いつもそうだね、祈里は僕らの真ん中にいる」


少しだけ悲しそうな顔をした無一郎は私の手を握った
前に握った時よりも大きくなったように感じるのは無一郎が男の子だからかもしれない


「僕か有一郎かどちらか一人だけ選んでって言っても誤魔化すの?」

「無一郎…?」


何だか様子がおかしい気がして名を呼べば、無一郎はハッとして手を離す


「何でもないよ、山菜は採れた?」

「うん、もう十分かな」

「そっか、良かった」


じゃあ帰ろうかと歩いていく無一郎
その背中をぼんやりと眺める

有一郎は無一郎を守りたいと言っていた、自分と違って選ばれた人間だからと
無一郎は有一郎か自分かを選ぶ時がきた時、どうするのかと問うた


「(選ばれるって何だろう)」


意味は知っていてもその定義が分からない
おそらく二人の言う”選ぶ”は意味が違う
でも私にとってどちらも分からない”選ぶ”であることに違いない

この先二人のどちらかを選ばないといけないことなんてあるのだろうか
出会ってから今年で5年、ずっと3人だったのにそれじゃダメなのかな






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