玄鳥至




11歳

春になった
厳しい冬の寒さを越えた後の春の陽気はホッとするものがある

いつものようにお父さんと猟に行った帰り道、その人は時透家から出てきた


「初めまして、菜花様」


とても綺麗な女の人がお父さんにぺこりと頭を下げる
誰だろうと不思議に思っているとお父さんもよく分かっていないらしい


「私は産屋敷あまねと申します」

「っ!」


その名を聞いた途端、お父さんはその場に跪き、あまね様に敬意を払うような姿を見せた

家に入っていただき話を伺うとあまね様は鬼殺隊という鬼と戦う人たちのトップである産屋敷家のお館様のお内儀らしい
お父さんに前に連れて行ってもらったおばあさんはその鬼殺隊の中でもかなり偉い立場の人だとか
お父さんは芽が出ず猟師として生きることに決めたけれどもし鬼殺隊に入っていたらあまね様は上官ということになるんだろうか

とぼんやり考えているとあまね様と目が合った


「(とても綺麗)」


本当に同じ人間なのかと思えるほどに美しいその姿に見惚れてしまう


「ところでどうしてこんな山まで…?」


あまね様は時透家の双子に会いにきたらしい
というのも、鬼殺隊に所属する剣士はみな特別な呼吸を使うそうなのだが、双子はその最初の呼吸である日の呼吸の使い手の子孫だそうだ
おじさんが血を継いでいたらしく、双子はこの世で唯一の日の呼吸の使い手の血を受け継ぐ者だという


「本当は見守るだけで良かったのです…ですが、ご両親を亡くされてからのお二人を見ていると…」

「心配してくださったんですね」

「剣士として生きる道もあると、そう話して参りました」


有一郎と無一郎はどう思ったんだろうか、自分たちがすごい人の子孫だと知って

結局あまね様は有一郎に追い返されてしまい、そこを私たちが遭遇したという
あまね様に一連のことを聞いてから見送った後、お父さんは考え込むように難しい顔をしている


「どうしたのお父さん」

「いや…まさか日の呼吸の剣士の子孫がいたとは…」


あのおばあさんから学んでいる時に知った日の呼吸、原初の呼吸とされるそれは絶えたとされていたのに今もなお続いていると知って驚いているんだろう


「…お父さんは二人が剣士になった方がいいと思う?」


その問いかけにお父さんは首を横に振る


「才能があるとしても選ぶのは二人だ、父さんは何も言えないよ」


正直ホッとした、剣士になるとしたら二人は私の前からいなくなってしまう
一人残されたままこの山で過ごすのはとても寂しい
私のその思いを見通したのか、お父さんは今日の猟の肉を二人のところへ持っていくように告げた

二人の家まで小走りで向かい家の近くまで来た時、無一郎の嬉しそうな声が聞こえてきたので足を止めた


「すごいね!僕たち剣士の子孫なんだって!」


厨房の小窓から聞こえてくる声
無一郎が嬉しそうにしているので思わず足を止めてしまったのだ


「しかも一番最初の呼吸っていうのを使うすごい人の子孫で…」

「知ったことじゃない、さっさと米をとげよ」


無一郎に反して有一郎は冷静だった
いつものように冷たく言い放っているが、その声は怒気を含んでいる
でも無一郎はやっぱり気がつかない


「ねえ!剣士になろうよ!」


無一郎のその言葉に息が止まった

二人は離れていかないと思っていた、その自信があった
でももし剣士になるとすれば…
二人が決めることなのに尊重できない自分がいる


「鬼なんてものがこの世にいるなんて信じられないけど…僕たちが役に立つんだったら」


やめて、行かないで
ずっと一緒にいたいよ


「ねえ!鬼に苦しめられている人たちを助けてあげようよ!」


この山で一緒に暮らしたい
ずっと、ずっとこの先も…3人で


「僕たちならきっと」


直後、ガンッと強い音がした後に静寂が襲う
私の思考もクリアになって一気に現実へ引き戻された


「お前になにができるっていうんだよ!!
米も一人で炊けないような奴が剣士になる!?人を助ける!?バカも休み休み言えよ!」


有一郎の大声に私も無一郎も何も言えずただ立ち尽くす


「本当にお前は父さんと母さんそっくりだな!楽観的すぎるんだよ、どういう頭してるんだ!
具合が悪いのを言わないで働いて体を壊した母さんも!嵐の中薬草なんか採りにいった父さんも!
あんなに!…あんなに止めたのに…母さんにも休んでって何度も言ったのに!」


そうだ、有一郎はずっと心配していた
無一郎と同じで両親が大好きだったから


「人を助けるなんてことはな、選ばれた人間にしかできないんだ!
先祖が剣士だったからって子供の俺たちに何ができる!?
教えてやろうか?できること、俺たちにできること!
犬死にとムダ死にだよ!父さんと母さんの子供だからな」


両親を恨んでいるわけじゃない、止められなかった自分を責めているんだ
そして無一郎を同じ目に遭わせないようにと必死になっているんだ
だから有一郎はいつも言葉が強い、それは無一郎を守るためのものだけど伝わっていない


「結局はあの女に利用されるだけだ!何かたくらんでるに決まってる!
この話はこれで終わりだ!いいな!さっさと晩メシの支度をしろ!」


無一郎の啜り泣く声が聞こえてくる

どうして二人がこんな目に遭うんだろう
普通に生きていただけなのに、どうして

私は持っていた獣の肉をそっと入り口に置いてその場を離れた

この山で生きていくことが二人にとって幸せなのかを考えると何とも言えない苦い感情が心を占めていく
私は二人の背中を押してあげられるだろうか






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