雷乃発声




おじさんとおばさんのお墓を作った
有一郎と無一郎とお父さんと4人で銀杏の木の下に作ったそれは二つ並んでいる

ひらひらと舞い落ちる銀杏の葉は綺麗なのに、いつものように心が躍ることはない
心にぽっかりと穴が空いたような感覚になっているのはみんな同じだろう
誰も何も話さないまま弔いが終わった


「二人とも、うちにおいで」


帰路についている時、お父さんが有一郎と無一郎にそう言ったが二人は首を横に振った


「俺たちは二人だから大丈夫だよ」

「ありがとう、おじさん」


不安でいっぱいだろうに二人はそう告げる
こう言われてしまっては無理強いすることもできず、お父さんと私は二人を心配しつつも見守ることしかできない

子供の力だけで生きていくには大変だろうに有一郎と無一郎はおじさんの杣人の仕事をしつつ、協力して家事も行っていた
私も手伝うことが多かったけれど、二人は私の前で弱音を吐くことはただの一度もなかった

最初のうちは私が料理を作っていたのに、いつしか有一郎が作るようになっていた
私なしでも生きていけそうで、大丈夫そうな二人を見ていると何だかとても寂しい




−−−−−−−−
−−−−




ある日、切った木を運ぶ手伝いをしていると前を歩く有一郎がぽつりと呟く


「情けは人のためならず、誰かのために何かしてもろくなことにならない」


突然のことだったので呆気にとられていると、隣にいた無一郎が口を開く


「違うよ、人のためにすることは巡り巡って自分のためになるって意味だよ、父さんが言ってた」

「人のために何かしようとして死んだ人間の言うことなんて当てにならない」


元々有一郎は言葉のキツイ方だった
でも言っていることは的を得ているし、道理に適っている


「(ただ…)」


チラリと横目で無一郎を見ると、案の定ショックを受けた顔をしていた
無一郎には有一郎の言葉の本意が伝わっていない、これが一番の問題なのだ

二人とも両親が大切で、大好きで、失って悲しいはずなのにこうも意見が違うのは二人が互いのことを正しく理解できていないからに他ならない
第三者から見れば簡単なことなのに本人たちはそれが分かっていない


「なんでそんなこと言うの?父さんは母さんのために…」

「あんな状態になってて薬草なんかで治るはずないだろ、バカの極みだね」

「兄さん酷いよ!」


声を荒げた無一郎の目には涙が溜まっている
おじさんとおばさんが亡くなって以来見ていなかった涙に私の心はざわついた


「嵐の中を外に出なけりゃ死んだのは母さん一人で済んだのに」

「そんな言い方するなよ、あんまりだよ!」

「俺は事実しか言ってない、うるさいから大声出すな猪が来るぞ」


スタスタと歩いて行ってしまう有一郎
隣では無一郎が呆然と立ち止まったままでいる

正直どちらの意見も間違ってないし、有一郎の正論も無一郎の感情論もどちらも理解できる
私にはどちらが正しいなんて決められない


「無一郎の無は無能の無…こんな会話意味がない、結局過去は変わらない…無一郎の無は無意味の無」


有一郎のその言葉に無一郎が俯く


「無一郎…」


名を呼べば無一郎はハッとした顔をして涙を拭く


「大丈夫だよ、心配かけてごめんね祈里」


無理に笑ってみせた無一郎は有一郎の背を追った
この時に私はようやく気がついた、二人が私に迷惑をかけまいとしていることに
弱音を零さないのも、泣いているところを見せないのも、私に心配をかけないためだって

その場に立ち尽くしたままの私は激しい自己嫌悪に襲われた
自分は一体何なんだろうかと、一番辛い二人に気を遣わせている私は邪魔なんじゃないかと

その日、帰宅してからお父さんに相談した
お父さんも二人のことを心配していたので私の話を聞いて妙に納得したような表情を見せる


「そうか、二人がうちに来ないと言ったのも…」

「ねえお父さん、私って何だろう…友達の役にも立てないのに」


肝心な時に何もできない、何も声をかけてあげられない…自分の非力さを思い知った
どうして自分には何もできないのかと泣きたくなるが、二人が泣いていないのに私が泣くわけにはいかない

涙を堪える私を見たお父さんはいつものように頭を撫でてくれた


「二人は今生きるために必死なんだ、わかるね?」

「うん」


急に頼れる両親がいなくなって二人で生きていくしかないこの状況
切羽詰まってしまうのはよくわかる


「そんな必死な中でも祈里のことを思ってくれている
だから祈里も二人が折れないようにしっかりついててやりなさい」

「…それが二人のためになるの?」

「ああ、きっとね」


お父さんの言っていることの意味はよくわからなかった
でも二人が私を大切に思ってくれているなら絶対に二人の傍にいると決めた
ちっぽけなことしか出来なくても、それが二人のためになるなら何だっていい






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