雀始巣
10歳
夏が過ぎ秋に差し掛かった頃、おばさんが体調を崩した
「ごめんね祈里ちゃん」
「ううん、これくらい気にしないで」
布団に寝ているおばさんの代わりに料理を作る私は今までお世話になってきた恩を返すためにもおばさんの看病に力を入れていた
それは有一郎や無一郎も同じで、心配そうにおばさんの様子を見ている
お父さんやおじさんが街から貰ってきた薬を飲んで少し顔色は良くなったがなかなか治りそうにない
具材を切っていると有一郎と無一郎が帰ってきた、二人には食材の調達を依頼していたので籠を受け取る
「ありがとう、二人とも」
「ううん、祈里こそありがとう」
「何か手伝うことあるか?」
そう問いかけてきた有一郎
でも有一郎はともかく無一郎が厨房にくるのはよろしくない、あまりにも壊滅的なのだ
「じゃあ無一郎はおばさんの様子を見ててくれる?」
「うん、わかった」
それとなく無一郎を厨房から遠ざけ、残った有一郎に手伝いを依頼する
有一郎も料理が得意なわけではないけれど、無一郎よりは上手だ
「…祈里、ありがとう」
ぽつりと呟いた有一郎の声はいつもより弱々しくて、おばさんの体調が治らないことに焦っているんだろうと伝わってきた
おばさんは療養に専念しているわけじゃない
私が手伝っている時もあれば、無理をして家事をする時もあるそうだ
有一郎はそういったおばさんの姿を見て何度も止めに入っていた
でもおばさんも「大丈夫だよ」と言って止めようとしない
きっとお父さんも同じことをするだろう、親とはそういうものなのかもしれない
子供に心配をかけまいと平気なふりをする
でも子供だって親の体調くらい分かる、無理をしているって伝わってくる
「ううん、私にできるのはこれくらいだから」
いくらご近所付き合いがあって仲良くさせてもらってると言っても踏み込めない領域だった
おばさんの気持ちも有一郎の気持ちもどちらも理解できるからこそ何も言えない
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秋も終盤に差し掛かる頃、おばさんの体調はかなり悪化していた
高熱にうなされうわ言も呟くようになっている
私みたいな医学の知識もない子供でも理解できた、もう長くないのだと
いつものようにおばさんの代わりに時透家の家事を手伝っていると家の裏の物陰で有一郎が蹲っているのを見つけた
「有一郎?」
声をかければビクッと体を揺らしてごしごしと目元を擦るような動作をする
振り返った彼の目元は赤くなっており泣いていたことが汲み取れた
「何…」
やっぱり覇気のない有一郎は私に泣いているところを見られて気まずいのか目を合わせようとしない
そんな姿を見ていると自然と有一郎の頭を撫でていた
「っ、何して…」
「泣いていいんだよ」
私たちはまだ10歳だ
子供なのに辛い時に泣いてはならない道理はない
「でも…俺がしっかりしなきゃ…父さんは仕事だし、無一郎は母さんについてくれてるし、俺がしっかりしなきゃいけないのに…」
「有一郎は頑張ってるよ」
じわりじわりと雄一郎の瞳に涙が滲む
無一郎はすぐに泣くけれど有一郎はあまり人前で涙を見せない
普段から兄らしくいようとしている彼らしいけれど今は心配だ
「何度言っても母さんは無理をするし、日に日に悪化していて…俺は何もできなくて…祈里に迷惑かけてる」
「私は迷惑なんて思ってないよ、困った時はお互い様っておじさんがよく言ってるでしょう?」
涙を流しながら頷いた有一郎はズズッと鼻水をすする
気の済むまで泣かせてあげようと思い、そのまましばらくは有一郎の頭を撫で続けた
普段から命について考える機会の多い私はどこか冷めているんだと思う
おばさんが亡くなるかもしれないというのに悲しい、嫌だ、寂しいという気持ちの反面、どこか仕方ないと諦めている自分もいるんだ
街の医者にも診てもらった、できる限りの治療はした、それでも一向に良くならない
もうこれはどうにもならない病なんだと理解した途端おばさんの死を受け入れる準備が整ってしまったんだ
「(酷い奴だなぁ…)」
有一郎みたいに純粋なままでいたかった
猟師という仕事を通して形成された価値観は冷たいものなのかもしれない
でもお父さんは冷たい人じゃない、いつも暖かくて優しい人だ
「(じゃあ私は?)」
どこか冷めたような自分は一体何なんだろう
有一郎の涙を見ながら自問自答するが答えは一向に出ない
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