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有一郎視点
俺には弟がいる
弟といっても双子の弟なので同級生だし顔もそっくりだ
ただ性格は俺と全然違ってお人好しの楽観主義者、しかもぼーっとしてることの方が多い
父さんと母さんは弟の無一郎をのんびりやさんだと言った
確かに一見穏やかで人当たりもいい風に見えるけどそんなことはない
「またこいつ…殴っていい?」
「いや、もう殴ってるからな」
通学中に現れた変質者
いきなりズボンを脱いだそいつにびっくりして固まった俺の傍にいた無一郎は間髪入れず不審者を殴っていた
無一郎はわりとすぐに手が出る方だ、勿論誰彼構わず殴るようなマネはしないけれど自分達に害のある者へは容赦がない
しかも好き嫌いもはっきりしているから俺としては親すら騙されている無一郎の性格に呆れてしまっている
「びっくりした…また会うなんて思わなかったよあの人…」
驚いた声を上げたのは俺と無一郎の間にいる祈里
俺たちは所謂幼馴染という間柄で物心がついた時には3人だった
祈里は優しくて温厚で勉強もそこそこできて、何より運動神経が良い
いつもにこにこしているからか昔から男女問わず人気がある
言わずもがな俺も無一郎も祈里に魅了された内の1人なわけで、この恋愛感情を抱えたまま数年が経過した
この数年の間に色々分かったのが、無一郎が俺以上に祈里を好きだということ…それに…
「無一郎、ありがとう」
祈里も無一郎が好きだということ
俺にとって無一郎も祈里も大切で、大切な2人のために祈りへの思いは秘めておこうと決めている
優しい祈里はきっと申し訳なく思って変に気を遣うだろうから
無一郎は気づいているんだと思うけれど、あえて何も言ってこないから俺も何も言わない
あいつみたいに大胆に祈里に好意を伝えている奴はいないから周りから見れば2人が付き合っているように見えるだろうな
まあ、そんな2人を見守りつつ過ごす日々
早くくっつけよなと思っているというのに、祈里は自信がないのかなかなか行動に移さないし、無一郎はアピールしすぎて逆に揶揄われいると思われている
「はあ…」
「あら、何か悩み事?」
リビングでテレビを見ていた俺のため息を聞いた母さんがカウンターキッチン越しに俺に声をかけた
無一郎は父さんと買い物に行っているので今は俺と母さんの2人だ
「無一郎と祈里だよ、焦ったくて見てるとイライラするんだ」
「あらあら、無一郎ってばまだ告白していないの?」
「いや、告白はしてると思う…でも本気にされてない」
祈里は鈍感だから無一郎のアピールも幼馴染としての好きの延長線上とか思ってるんだろうなと考えると頭がいたい
2人とも頭は悪くないし回転も早いのにどうしてこうも綺麗にすれ違ってるんだと
「有一郎はいいの?祈里ちゃんのこと好きなのはあなたもでしょう」
「…俺はいいんだよ、無一郎になら祈里を譲ってもいい」
ソファから立ち上がって伸びをしてから食卓を布巾で拭く
母さんが作っている夕飯を確認してから皿を出せば「ありがとう」と言われた
別にこっちはいつもご飯を作ってもらったり色々してもらう側だからこんなことで感謝なんてしなくていいのに
「お母さんは優しい有一郎が大好きよ」
「なっ、何だよ急に…!」
突然そんなことを言われて恥ずかしいしびっくりする
そんな俺を見て母さんはくすくすと微笑んだ
「でもね、有一郎が何でも我慢する必要なんてないのよ
あなたはお兄ちゃんだけど2人とも大切な私の子だもの」
「…母さん」
そっか、母さんから見たら俺が我慢して無一郎に祈里を譲ったように見えるんだ
でもそれは違うんだ、心の底から本当に無一郎にならいいって思えるんだ
祈里が幸せならそれでいい、たとえ俺の隣じゃなくても
その時、玄関が開いた音がして父さんと無一郎が帰ってきた
母さんにさっきまでの話を言わないように口止めして迎えれば、何も知らない無一郎が嬉しそうに「大根買ってきたからふろふき大根作ってもらおうよ!」って言う
そうだ、こいつはこうやって笑っていればいい
無一郎は誰かのために頑張れるすごい奴だからきっと祈里のことも大切にしてくれる
「兄さん聞いてる?」
「聞いてる、それより早く手を洗ってこいよな」
「はーい」
洗面所へ向かう無一郎を見送った後思わずフッと笑みが溢れる
そんな俺を見ていた両親がにやにやするので慌てて表情を戻した
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−−−−
いつものようにキメツ学園にて過ごすある日
授業も終わったし今日は部活もないし帰ろうと隣の里芋組に行くと、無一郎が俺と祈里に炭治郎のところに寄って帰るので先に帰っているように告げた
元々高等部の炭治郎というパン屋の息子のことをやけに気に入っている節があったのでまたかと思い、祈里と帰路につく
すると前の方に無一郎が会いに行ってるはずの炭治郎がいたので祈里と顔を見合わせ首を傾げた
「え、時透くん?今日は来てないよ」
炭治郎の言葉にますます訳がわからなくなる俺たち
帰り道にある公園で無一郎を待つことにして2人でブランコに腰掛ける
もう夕方なので子供はいない、遊具を占領しても怒られないだろう
「無一郎何かあったのかな」
しょんぼりしている祈里は元気がない
そう言えば朝も元気がなかったなと思ってそのことを問うと、なんとラブレターをもらったと話した
「誰かに告白されたのが初めてでびっくりしちゃって…でも、その手紙をなくしちゃったみたいで」
「(無一郎のあのアピールがノーカンにされている…)」
「ちゃんと返事しなきゃいけないのに名前わからなくなっちゃった、どうしよう」
おろおろしている祈里にため息を吐いた
十中八九無一郎がその手紙を持ってるし、多分その差出人を牽制しに行ってるに違いない
そっちはいい、無一郎が独占欲が強いこともとっくの昔から知ってるから
「何て返事するつもりだったんだ?」
「そりゃあ…ごめんなさいって」
よかった、安心した
もし祈里が告白を受けるとか言い始めたらどうしようかと内心ヒヤヒヤだったんだ
無一郎だから身を引いたというのに、他のやつが入ってくるとすれば話は変わる
ホッとしたのが顔に出ないように気をつけつつ、祈里を横目で確認すれば無一郎のことを気にかけているようで浮かない顔をしていた
「そんなに気になるなら早く付き合えばいいだろう」
「うーん…無一郎の好きは多分恋愛感情じゃないと思うんだよね」
「(いや、恋愛感情でしかないけどな)」
普段は素直なのにどうして無一郎の思いだけ歪曲して解釈するのか理解できない
祈里は時々びっくりするほど自信がなくなるし、自分を卑下するからそういう癖なんだろうけど
「祈里は可愛いんだからもっと自信持てばいいのに」
「かっ!?」
「可愛いよ、それに優しいし気遣いできるし」
「ちょ、有一郎どうしたのいきなり?!」
あわあわする祈里は見ていると面白い
それにいきなりでも何でもないんだ、ずっと思っていたことだし
俺は無一郎のように口に出せやしないから言ってこなかっただけだ
「別に、それより無一郎来たぞ」
公園の傍を歩く無一郎を見つけたので祈里に声を掛ければブランコから勢いよく立ち上がった
「無一郎!」
嬉しそうに駆け寄っていく祈里は本当に可愛い、それが無一郎に向けられている顔だとしても
無一郎は俺たちが待っていると思ってなかったみたいで少々驚いていた
「何で…?」
「さっき炭治郎くんに会ったんだけど無一郎が来てないって言ってたから、何かあったの?」
祈里の問いかけに無一郎はチラッと俺の方を見た、この反応はやっぱり俺の読み通りらしい
今までも祈里に好意を持った男を裏で牽制していたし、別に今になって驚くことじゃないけど今回は珍しく無一郎も焦ったみたいで表情が硬い
でも祈里を前にしてホッとしたのかその顔がいつものものに戻っていく
「何でもないよ」
にっこり笑うその顔を見て祈里が安心したような表情になった
すっかりいつも通りの2人に俺もホッとする
それにしてもこの2人は一体いつになったらくっつくのか、早く俺の気苦労をどうにかしてほしい
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