桃始笑




最近有一郎と無一郎の様子がおかしい
目が合えばあからさまに避けられたり、少し気まずそうにされたり、何だか距離を感じる
思い当たるのはあの魚を獲りに行った日のこと


「(もしかして騒いでばかりだったから怒ってる…?!)」


今まで二人の喧嘩を止めることはあっても自分が喧嘩したことはないのでどうしようと焦ってしまう
今日もお父さんは街で用事があるのでおばさんのところで料理を習っているんだけど、考え事をしていた私は包丁で指を切ってしまった


「いたっ!」


人差し指から流れる血は赤い
切ったと言ってもそんなに深くないので大したことはないのだが


「大変!」


慌てておばさんが手当してくれるけれど私の顔は浮かないまま
そんな私を見たおばさんは困ったように眉を下げて微笑んだ


「どうかしたの?」

「…有一郎と無一郎に嫌われたかもしれなくて」


その言葉を聞いたおばさんは不思議そうに首を傾げる
母親から見た双子は決して嫌っているようには見えないためだ


「どうしてそう思うの?」

「最近話しかけてもうまくお話しできないの…避けられてるみたいで」

「あらあら、そうなのね」


察したらしいおばさんは依然と困った顔のまま私の頭を撫でる
大人から見れば二人は照れ隠しでそういう行動をとっているだけなのだが、今の私にはそれは分からない


「祈里ちゃんは二人のことが好き?」

「うん」

「そっか、ありがとうね」


母親として感謝を述べるおばさんになんて返事をすべきか困っていると、おじさんが帰ってきた
どうやら有一郎と無一郎は一緒じゃないらしい


「ただいま」

「おかえりなさい、あら、二人は?」

「裏で木を切ってるよ」

「そうなの」


おじさんの杣人の仕事を手伝う二人は働き者だ
その上魚や山菜集めなどおばさんの手伝いもしているのだから尊敬する


「そうだ、祈里ちゃんちょっといいかな?」

「え?」


おじさんに呼ばれたのでついていくとそこにはあの日行った銀杏の木がある
今日も綺麗な黄色の世界は心奪われた


「いつも二人と仲良くしてくれてありがとう」

「えっ、そんな…私の方こそ」

「ははっ、祈里ちゃんここがお気に入りなんだって?二人が嬉しそうに話してたよ」


その言葉に顔をあげておじさんを見れば、にっこりと微笑んでいた
二人のことを聞くべきかどうか迷っていると、おじさんはしゃがんで私と目線を合わせてくれる


「二人はね、祈里ちゃんのことが大好きなんだ
ただちょっと今は戸惑いの方が大きいのかもしれない」

「戸惑い…?」

「祈里ちゃんが女の子だって理解したんだろうね、今までは友達でしかなかったけれど、そこに性別という概念が入って自分たちと違う女の子って存在に戸惑ってるんだと思うんだ」


私が二人と違うって寂しく思っていたように二人もそう思ってるってことなんだろうか
成長するにつれて差が出てしまう性別の問題は9歳の私たちにとってとても大きいもののように感じてしまう


「でもね、性別が違うくても友達は変わらない
祈里ちゃんさえ良かったらこれからも二人と仲良くしてあげてほしいんだ」

「うん、私も二人にいてほしいから」

「そっか、ありがとう」


にこりと笑うおじさん
どうしておじさんがお礼を言うのかわからないけれど私もにこりと笑い返す

その日から少しずつ二人との関係は戻っていき、数日もすればあっという間に元通りだった

性別は違えどこれからも時間が許す限りは一緒にいたい
いつか別れる時が来ても、それまではずっと3人で…






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