愚者へ贈るセレナーデ

  捨てる強さと守る弱さ




十二月二十五日

クリスマス

十九時二十分

ホテルで戦い始めて二十一時間

世界の終わりまで残り五時間を切った

ふらつく足どりに乱れる呼吸

真昼がいる池袋に向かっていた私たちはもうボロボロだった


「ちょっと待ってみんな、一度止まろう」


待ち伏せされていることに気づいた深夜がそう告げる

休みなしでずっと鬼呪を使い続け、全力で人を殺して来た

刀を振るうのは案外力がいる

特に人の首を刎ねる時は骨を断たないといけないから


「なあグレン…」

「…」

「なあグレンって」

「迂回だ、別のルートを通って」

「それじゃあもう間に合わない、君もわかってるだろう?」


深夜のいう通りだ、これ以上迂回しても結局先回りされて真昼にたどり着かないまま世界は終わる


「もう仕方ないよ、囮作戦にしよう」

「その案は誰が囮だ?俺か?」

「いや僕だよ、僕がグレン役をやる、五士に仲間がいるように幻術を使ってもらって逃げる
その間君らは新宿を突っ切る…いいかな?五士、僕ら二人だけでしばらく敵を受け持つ」

「あー、いいですよそれで、確かにそれしかないですしね
このままじゃクリスマス終わっちゃいますし」


あっさり承諾した典人

二人の決めたことなら私に止める権利はない

ただ仲間全員で勝つなんてことは本当に不可能なんだろうか


「囮の方が死にやすい、俺がやる」

「それ考慮する必要ある?死ぬにしたってどうせ一時間くらいの差でしょ、池袋向かう組だってこれじゃすぐ殺されるよ
でもやらなきゃ誰も池袋に辿り着けずに世界が破滅する…違う?」

「ならお前が真昼のところに」


グレンの肩を深夜が殴り飛ばした

顔は依然とへらへら笑っている


「ざっけんなよお前、彼女は僕を待ってない、もう知ってるだろ?今日の主役は君だ
君が行くんだ…世界を救えよ、これを運命にするって偉そうな暑苦しい演説したんだからさ
だからその責任をとれ、僕らは君を信じる、信じてここで死んでやる、だから」

「…そんなこと頼んでない」

「頼んだよ」

「頼んでない!俺は全員欠けずに今日を乗り切りたいと…」

「乗り切れてないだろ!現実を見ろって、このままここでだらだらして生き残れるか!?」


深夜の表情が崩れる

もうそこまでの余裕はないということだ


「力が足りないんだ、僕らは今日、今、力が足りない…それはどうしようもない
でも進まなきゃならない…ならそれをどうすりゃいい?」

「…」

「どうすればいい?グレン…他に道があるなら教えてくれ
まさか…その覚悟もなく僕らの命を背負ったのか?」


深夜がこんなに感情的になっている姿は初めて見た

確かに今はとても絶望的な状況だろう

今死ぬか数分後に死ぬかの選択をもうずっと続けている


「…ああいいよ、じゃあわかった
死なない、死なないよーん、死なないよう頑張ってやるから安心して行け、世界を救ってこい」


へらっといつものように笑った深夜

口ではそう言ってるが深夜はここで死ぬことをわかっている

典人もみんなも…全員がわかっている


「五士、やろう」


典人が幻術を展開する

ここで死ぬための幻術


「捕まったらすぐに降伏してくれ」

「別に僕らも無駄死にするつもりはないよ」

「いいか?ダメだと思ったらすぐに降伏だ」

「わかってるよ、でもそれで生き残った先に世界があるといいけど」

「それは俺が何とかする」


グレンへ深夜が微笑んだ


「まあ君も気負いすぎずにね、ここまで来ちゃってなんだけど…ダメなら降伏しよう
僕らは別に物語の主人公じゃないかもしれないしさ」

「…」

「別に僕らなんか頑張らなくても、どこかで誰か特別なヒーロー君がいて他の場所で頑張ってくれてさ
世界をどうこうしてくれるかもしれないからもうちょい気楽にやろう」


笑顔でそう言った深夜に涙が滲む

そんなことにならないとみんな知っている

そんなことは今までなかったから今自分達は頑張らされているんだ

生まれた時から世界はずっと酷い

頑張らなければ世界はもっと酷い

おまけに頑張ったところで何も変わらない

頑張れば頑張るほど状況は酷くなる

でも今日は頑張る必要がある

だって今日世界が終わるかもしれないのだから


「夜空ダメだよ、君は笑ってる方が可愛い」

「っ…泣いてない…!」

「あれ、僕別に泣いてるなんて一言も言ってないけど?」


いつものようにからかう深夜なのに全然笑えない


「よし、休憩はこれくらいにしよう…時間がない、五士走るよ」

「んじゃー、ちょっと行ってくるかー、美十ちゃん、時雨ちゃん、小百合ちゃん
また生きて会えたらご褒美のちゅーくらいしてほしいな、あ!もちろん夜空様も大歓迎ですよ!」

「…もう、馬鹿なこと言わないの」


涙を流す美十の声は震えていた

死なないでとは誰も言わない、死ぬことは分かり切っている


「お気をつけて」

「少しの間ですが一緒に過ごすことができて楽しかったです」


続いて花依さんと雪見さんも二人に声をかける

二人の背中が遠のいていく

もう二度と彼らに会えない

そんな背中を見ていられなくて目を閉じた






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