愚者へ贈るセレナーデ

  さあ、開幕だ




目を開けた時、そこには暮人はいなかった

シーツがかけられている自分の体は衣服を身に纏っておらず、ここで暮人に抱かれたことが現実だったのだと理解する

まだ違和感のある下腹部、初めて異物を受け入れたそこはまだじんじんと敏感なままだ


「…こんなものなんだ」


大昔から続く作業的な繁殖行為

互いの愛がなくとも種さえ植え付ければ土壌に命が芽吹く

今回、暮人は種付けはしなかったけれど、いつかその時が必ずやってくる

私は暮人の、柊の次期当主の子を産む

床に落ちていた自分の衣服を身につけて部屋に備え付けられている鏡で確認する

制服を着た自分の格好は見慣れているのに大人に近づいたような気がして不思議な感覚だ

すると携帯が鳴って画面に暮人の名前が表示された


「もしもし、童貞を捨てた感想は?」

『はは、開口一番それか?こんなものか、だ』

「私も同じ感想」

『ただ、善がるお前を見るのは悪くはなかったな』


初めて感じた快感に体が火照ったのも、暮人の熱を求めたのも事実

でも確かに言えるのは私たちに恋愛感情が存在しないということだ

俗に言う体だけの関係とはこういうことなのかもしれない


『まあいい、この話は後にしよう
葵に隊服を持って行かせる、着替えてすぐに学校へ迎え』

「学校?」


どういうことだと思った時、ノック音が聞こえる

葵が来たんだろう、暮人のことが好きな彼女に会うのは気が引けた


『戦争だ』


通話を切られると同時に扉が開いて葵が入ってくる


「夜空様、こちら隊服です」

「ありがとう、状況を説明して」

「百夜教が各地で帝ノ鬼、柊を襲っています
学校も襲われているようです」


もう夜とは言え、第一渋谷高校は部活がない分修練の時間などを長く取っている

早退したのであまり把握できているわけではないけど、確か多くの生徒が放課後も自主練習を行なっていたはずだ

隊服を着用後、刀を腰に挿した


「それと、一瀬グレンが柊真昼と接触、彼女が研究していた鬼呪の力を彼は受け入れたようです」

「なっ…」


思い出したのは上野で私を殺そうとしたグレンの姿

制御できているようには見えなかったあの力を使った?


「何で…」

「仲間を救うためかと…学校には十条美十、五士典人、花依小百合、雪見時雨がいると聞いています」


それを聞いた時、私の足は扉の方へ向かっていた

仲間が百夜教に襲われている

グレンが仲間を救うために力を受け入れた

ダメだ、急がないと全員殺される

百夜教に殺されるか暴走したグレンに殺されるかのどちらかだ


「夜空様、学校の部隊の指揮は深夜様が執ります」

「わかった、ありがとう」


帝ノ鬼の廊下を駆け抜け、外に停めてあったバイクに乗り込む

暮人はこれも見通していたのかもしれない、先日買った自分のバイクがご丁寧にそこにあったのだ


「貴方も十分天才だよ、暮人」


真昼を天才という彼は私からすれば同レベルの天才だ

人を掌の上で転がすような者のみが柊の名を背負う

そんな柊の頂点に立つ男が柊暮人だ




バイクで東京の街を駆け抜ける中見たのは街中でも関係なく帝ノ鬼の人間を襲う百夜教、そんな百夜教を襲う帝ノ鬼

どっちが仕掛けたという話じゃない、報復が被害を拡大させている

おそらくこの発端の火種を作ったのは真昼だ


「真昼…いい加減にしてよね」


何がしたいのか言ってくれないと分からないこともある

大人ぶって全部知ったような彼女はいつだって私に隠し事をしていた

何故疎遠になったのかも分からずじまいで、振り回されっぱなしだ

そんなことを考えていると、百夜教の戦闘員が私に気がついて鎖を放ってきたので術を展開する

殺傷能力のあるこの術は普段は使わない、でも今は殺らなきゃ殺られる


「爆ぜろ」


爆散した百夜教の戦闘員たち

ぼとぼとと落ちる肉の音が聞こえたけれどバイクのスピードは緩めない

向かう先は第一渋谷高校

どうか間に合って、そう願いながら夜の街を駆け抜けた





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