愚者へ贈るセレナーデ

  ひと夏の騒動




それからしばらくしてグレンは目を開いた

角はなくなっており、目もいつもの青色だ


「戻った…?」


私の問いに何も答えないグレン

グレンが目を逸らした姿を見た深夜がへらっと笑う


「いや、気持ちはわかる、やってらんないよ、なんだよ仲間だから命をかけて守るって
でもそうなっちゃった、だからまずお礼でしょ?はい、お礼は?」

「…助けてくれと頼んでない」

「もぉー」


いつものやりとりにつられて笑っていると、美十と典人が駆け寄ってきた


「グレン!よかった!本当によかったです!」


グレンへ抱きついた美十は涙を流している

典人も涙ぐんでおり、心の底から心配していたのが伝わってきた


「状況は?」

「いいからお礼言えって」


深夜の言葉を無視してグレンは辺りを見渡す

そんな彼らを他所に自分に刺さっていた杭を抜こうとするけど、深夜がやんわりと制した


「ダメだよ夜空、僕がやる」

「ありがとう」


私がやるとどうせ治るからと無理に引き抜くと思ったんだろう

深夜の申し出を受けて背中に刺さっている杭を抜いてもらった


「ほらグレン、夜空なんかこんな痛々しいことになってるんだからお礼言えって」


それでもグレンは何も言わない

元々お礼を言って欲しくてやったわけじゃないので別に構わない

グレンもまた刺さっていた杭も抜いてもらい、解放された彼は窓の外を見た


「帝ノ鬼の本隊がここに?」

「お前を守る必要があるってことになった」

「俺を守る?鬼呪の研究を守るの間違いだろ?」

「ま、そうだけど…今僕たちは世界中の注目を浴びてる
柊家はついに鬼呪の研究を成功させたと世界に向けて声明を出した」


これで今回の戦争は終結する

鬼呪の力で日本最大呪術組織の座が百夜教から帝ノ鬼へと移ったかもしれない


「百夜教の動きは?」

「まだだ、ただ攻撃は完全に止まったらしい
トップ会談をする予定だったがそれもなくなったと聞いた」


鬼呪という切り札を持った帝ノ鬼を相手に百夜教はしばらくは大人しくしているに違いない

これで今晩の戦争は終結したということだろう

何かを考え込むように外を見ていたグレンが観念したようにため息をつく


「…ああくそ、わかったよ……助かった」


一瞬何を言われたのかわからなくて四人でぽかんとしたけれど、深夜がにんまりと笑う


「え?今なんて言った?今助かったって言った?助かったって言った?
感謝感激泣きそうで、もうおしっこちびりそうだって」

「言ってねえだろうが」


振り向いたグレン

そんな彼に微笑む私たちの姿

みんなの持つ鬼呪装備を見て彼は目を伏せた

きっと彼は自分を救うために人間を止めた私たちに責任を感じている


「……俺のせいで悪かっ」

「先に命を救ったのはお前だ、俺らはそれを返しただけだ」

「そうです!ですから謝らないでください!」


美十と典人は試験の時、そして上野、今回の百夜教による襲撃

全てでグレンに命を救われたと告げた

グレンもそれを聞いて目を丸くしたけれど、すぐにいつもの調子に戻る


「ああその通りだな、お前らが礼を言え」

「「えええー!!?」」


驚きつつも嬉しそうに笑い合う美十と典人

深夜がグレンにずいっと歩み寄った


「僕は助けられてないからグレンは僕に借りができたよね?」

「お前は顔がへらへらムカつくからどうでもいい」

「それは僕の方が美形だから嫉妬してるってこと?」

「もう知ってると思うが、俺の方がモテるだろ?お前の女も俺を選んだ」


そう言えばグレンと真昼は寝たんだったっけと思い出す


「あれー、こんだけ助けられちゃった上でそういうこと言っちゃう?」

「事実だ」

「ぶっ飛ばすよ」

「お前じゃ無理だろ」


いつもの言い合いをしているグレンと深夜に美十がおろおろしながら声をかけた


「え、え、あの、今の、どういうことですか?」

「こいつとは同じ女を取り合いしてたんだ、で俺が勝った」

「なっ!へ、へえ…別に私には関係ないことですけど!」


グレンの恋愛事情が気になってしまう美十は贔屓目なしに可愛い


「とか言ってグレンもフラれたけどね」

「え!?そうなんですか!?」

「戯言はもううんざりだ」

「君が始めたんでしょ」


面白いくらい食いつきがいい美十に彼女の気持ちを察しているみんなは笑ってしまう

そんな美十を見て自分の気持ちには蓋をしようと改めて決意をした





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