愚者へ贈るセレナーデ

  鬼さんこちら




そこにいたのは真昼

彼女は今涼しげな表情で深夜の首を絞めている

みんなを気絶させたのは彼女の仕業だろう


「…真昼、何故…こんなことを…する?君はいったい…何がしたい…?」


深夜の問いかけには答えない真昼は自信たっぷりの表情だ


「抵抗しないでよ深夜、間違って殺しちゃったらどうするの?」

「ぐ…じ、事情を話してくれ…ぼ…僕は君の力、に…」

「残念、あなたじゃ足りないの、さあもう眠りなさい」


真昼の手に力が入り、深夜が気絶する

気絶した深夜を離してこちらへ術を放ってきた彼女に反応できずその場にへたり込んだ

意識はあるが指も口も動かせない

彼女は私なんか指一本で殺せる程強い


「ごめんね夜空、大人しくしててね」

「ま…ひ…っ!」


どうして彼女はこのタイミングで現れるのか

何故私を他のみんなのように気絶させないのか

聞きたいことはたくさんあるのに、真昼はそれを許してくれない


「はっ、世界が滅亡するまでは会わないんじゃなかったのか?」


真昼へそう声をかけたグレン

彼女はグレンへと微笑んだ


「私に敢えて嬉しい?」

「いいや」

「あは、私は貴方に会えてとても嬉しいんだけど…でも私が貴方に会いにきたわけじゃない」

「どういうことだ?」

「貴方が会いに来たのよ、私はここに用があっただけ」


異形は今だに典人の作り出した幻術と戦っている

典人が気絶した以上長くは持たないだろう


「まあそりゃそうか、お前は百夜教の仲間だもんな
で、百夜教の実験の失敗の尻拭いでもしにきたか?」

「私が百夜教の仲間?おかしいな、私の伝言は」

「シノアか?」

「うん、シノアが伝えてくれたはず」


シノアは真昼の妹

彼女を通じて真昼がグレンに伝言をしていたなんて初耳だった

グレンはまだ私たちを信用してくれているわけじゃないらしい


「お前は百夜教も裏切るつもりだ、か?」

「ええ」

「ならお前はどこに所属してる?」

「あはは」


真昼は笑う

楽しそうに笑う


「何の目的で動いている」

「私が所属しているのは貴方と同じ場所よグレン、もう誰にも邪魔されないだけの
好きな人と一緒にいる時間を、自由を、邪魔されないだけの力を手に入れられる場所」


真昼がグレンの腕の傷に触れた


「それはどこだ?」

「ここよ」

「こことはどこだ?」


真昼がグレンの傷口を押した

反対側の手で真昼は自分の胸にも触れる


「心の奥にある狂気と狂鬼が棲む場所に私は所属している、そしてそれはあなたもそうでしょう?グレン
でも、まだ足りない、私と同じ深さまで堕ちるにはまだまだ足りない
何故さっき十条の娘と五士の遊び人を殺さなかったの?あなたはそれをするべきだったでしょう」


真昼が爪を立てて傷口をえぐっていく

グレンは痛みに顔を歪めることもなく目の前の彼女を見つめた


「もっと憎しみを暴走させないと、もっと狂気を加速させないと
鬼は人間の欲望が好きなのよ、鬼に選んでもらうためには」

「俺の道とお前の道は」

「一緒よグレン、みんな一緒、どうせ結末は死、人間はあっさり死ぬ、生きる意味があるのか?ないのか?
そんな問いが馬鹿馬鹿しくなるほどに理不尽にあっさり時間は過ぎる
じゃあその間に私たちはどう生きるのか?どの道を通って進むのか?
あは、ははは、結局死ぬのに遠回りを選択する意味について貴方は話したいの?」


真昼が抜いた刀、刀身が黒く禍々しいそれを地面に刺した真昼

刀から溢れ出る凄まじいその呪いに息を呑む

あれはただの刀じゃない、そう理解した

刀が刺さった地面の周囲が黒く変色していく、呪いが伝染していっているのだ

それはグレンへも届いている


「あ、言っておくけどその耐真言法程度じゃ刀に触れた時の呪いは防げないわよ?」

「何故俺がこの刀に触れる?」

「だって力が欲しいんでしょ?」

「俺はお前の言いなりにならない、他人の掌の上で踊るのは」

「違うよグレン、私の掌の上じゃない、決めるのは貴方、そして貴方は抗えない
力への欲望に、力への欲求に、だって貴方は私と同じ、深い穴の奥に棲んでいるから」


直後、幻術が解けた異形が咆哮を上げる


「あはは、ほら、結局選択肢がない
あなたがその刀を抜かなきゃあのヨハネの四騎士の遺伝子を組み込まれたあのキメラには勝てない
負けたら死ぬ、それに周りで気絶している貴方の仲間らしき子たちも殺される」


真昼の目が私に向けられる

彼女はこんな緊迫した状況でにやにやと笑っていた


「そして私が見ててあげるわグレン、貴方がどういう選択をするのか
本当に力が欲しいのか、それともあなたの野心は全部おままごとなのか
結果はわかってるけどね、貴方は堕ちる、力を求めて堕ちる、私と同じだから
だから貴方が好きよグレン、貴方が大好き、あはは」


狂っている

自分で彼を追い詰めておいて何なんだ彼女は


「俺が今力を手に入れなけば…」


刀に手を伸ばすグレン

異形は迫ってきている、時間はない


「そう、早く力を手に入れて人間をやめま…だ、だめ…グレン…進まないで
それをしたらもう二度と戻れな…だまれだまれ!今いいところなんだ、私は黙れ!!」


まるで二つの人格が混在しているような真昼に幼い頃の彼女が垣間見えた

私の友人は今もまだ生きている


「一体どっちが本物の真昼だ?」

「それがあなたの選択に何か関係あるの?」

「ねえな」


再び刀に手を伸ばしたグレン

先ほどの止めた真昼を思い出し私は叫んだ

真昼のかけた術を打ち破り、必死に声を出す


「グレン駄目!!」


願い虚しく彼の手は刀を握ってしまった






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