愚者へ贈るセレナーデ

  ただの道具




真昼が裏切ってから二ヶ月が経った

あの一件で生徒は半数以上殺されたらしい

一年生は六百人が百八十人に減り、クラスも再編成された

今はいつも通りの訓練の時間

いつもと異なるのは暮人の監視の目があるということだろう


「(三年一組の窓から見てる)」


きっと彼が見ているのはグレン

柊家は先月の襲撃事件の犯人が百夜教であることを突き止めたらしい

まだ真昼が裏切り者ということは気づかれていないようだけど内部調査が始まる

暮人率いる特務チームが動くとなれば、あの襲撃を生き残った上に動機もあるグレンが狙われるのは明白だ


「何、グレンが心配?」

「まさか」

「とは言いつつこの一ヶ月で呼び捨てにもなってるし?あーやしーい」


前にグレンが深夜のことを苛つかせる天才だとか皮肉を言ってたけど本当にその通りだ

呼び方を変えたのはあの襲撃の時に彼が信用するに値する人間だと判断したからに過ぎない

それは別にグレンだけじゃない、美十や典人も同じなのに


「深夜、少し痛いかもよ」

「え?」


油断していた深夜の脇腹を持っていた刀で殴った、もちろん鞘に入れたまま

まさか私に殴られるとは思ってなかったのか深夜はぽかんとしていたけれど「はは」と笑った


「冗談だったのに」

「笑えない冗談はやめて、ほらさっさとグレンに暮人のことを伝えてきなさい」

「えー、僕が?」

「私は暮人の信用を下げる訳にはいかないでしょ?」


そう告げれば、暮人が見ていることに気がついた深夜が納得したようにグレンへと向かっていく

グレンは丁度一般生徒に殴られる演技をしているところで相変わらず情けない

でも彼の本当の実力を知ってしまったから蔑む気にはなれなかった





数日後


暮人に呼び出されたのは体育館

確か今日はグレンと深夜、美十と典人が襲撃によって中断された選抜術式試験を行うはずだ

体育館に入れば、そこには暮人ただ一人のみ


「暮人、どうかした?」

「今日お前のクラスメイト四名に試験を行う」

「らしいね」

「誰が裏切り者だ」


ああ、やっぱりか

暮人は私が百夜教に情報を売った犯人を知っていると思っているらしい

まあ正式には真昼が犯人だと知っているので間違いじゃないけれど


「何のこと?」

「とぼけるな、知っているんだろう夜空」


暮人がまっすぐ私を見つめる

そんな暮人を私も見つめ返し、彼の近くへ歩み寄った


「私を疑ってるんだね」

「言え」

「知らない、それが答え」


暮人の刀が首元にあてられる

この間合いなら力を入れなくても私の首が飛ばせるだろう


「いいよ、信じれないなら殺して」


自分で暮人の刀を首に押し込むように手を添えれば、チリっとした痛みが首に走った

それでも暮人の目を見つめたままでいると、彼は諦めたように刀を仕舞う


「もういい、お前を信じよう」

「ありがとう」


にこりと微笑めば、暮人は今から行うことを簡単に説明してくれた

内容を一通り聞いた後に「邪魔をするなよ」と釘を刺されたので信用がないのだと少し悲しくなる


「前にも言ったように私は暮人のこと友人のように思ってるんだけど、貴方は違うんだね」

「お前のことを友人と思ったことは一度もない」

「ああそう、聞いた私が馬鹿だった」

「事実を言って何が悪い」


そう言われたのでどう反論してやろうか考えを巡らせていると体育館の扉が開いて美十と典人が入ってきた

さあ、ここからは柊暮人の婚約者として正しく振る舞わなきゃいけない






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