愚者へ贈るセレナーデ

  期待するだけ無駄




幼い頃、真昼と疎遠になる前に彼女と約束したことがある


「ねえ夜空、いつか一緒に恋バナしましょうね」

「恋バナ?」

「好きな人のことについて語り合うの」

「真昼はいつも話してるじゃん」


会うたびに聞き飽きるほど一瀬グレンの話をされて、私も深夜も知らないはずの一瀬グレンに興味が湧き始めていた

私の返答を聞いた真昼はぷくーっと頬を膨らませて私を恨めしげな表情だ


「夜空もいつか好きな人が出来るでしょう、その日が楽しみ」

「だから私は恋とか分からないんだって」

「いいえ、分かるわよ」


何故かはっきりと断言する真昼に押し黙ると彼女は小指を立ててこちらへ突き出してくる


「ね、約束」







あの約束を果たせないまま高校一年生になった今でも私は恋愛とは何なのかまだ知らないでいる

物思いに耽っていた私が意識を戻せば今日も相変わらず試験が行われていた

今日で二日目なので戦闘も激化してきており昨日に増して血の臭いが濃い


「おいグレン」

「うん?俺にはもう話しかけないんじゃなかったのか?」

「まあそう言ったな、お前には随分とがっかりしたし」


聞こえた会話に振り向けば深夜が一瀬グレンに声をかけている

失望しているのに懲りずに話しかけるなんて深夜も物好きだ


「なら話しかけるなよ」

「でもあまりにも弱すぎるから助けてやる気になった」

「あ?どういうことだ?」

「今日の試合、僕が手を貸してやるから辞退しろよ」


辞退の提案に思わず目を丸くする

そんん提案をするなんて彼は心底一瀬グレンに失望しているらしい


「辞退?一体どういうことだ?」

「昨日の話聞いた、お前の従者の…何て言ったか…」

「花依小百合」

「そうその子、入院したんだって?傷の具合は?」


見たところかなり重症だったので一週間くらいは治療が必要に思える

それに真昼が止めてなかったら殺されていた


「別に、問題ない
うちの従者はあの程度でどうにかなるような鍛え方はしてねぇよ」

「はは、主は弱いのにね」

「そうだ」


否定をする素振りの見られない一瀬グレンはどうせ今日も醜態を晒すんだろう

従者を守ることも出来ない主とは何だろう


「ってかさ、お前本当にそれで恥ずかしくないのか?
従者をあんなにされたら普通、負けるのもわかってても絶対に征志郎を潰す…とか意気込んでたりしないのか?」

「はっ、そんなことに意気込んでどうする?」

「そんなことって…」

「あいつと俺じゃ実力が違いすぎるだろう?俺は無理なことには挑戦しない主義だ
勿論従者達も…小百合もそんなことは望まない、俺が無駄なことで傷つくことも…」

「もういい、黙りなさい」


あまりにも情けない一瀬グレンの言葉が聞くに堪えなくて会話を遮る

二人の目がこちらに向けられたけれど一瀬グレンとは目を合わせない


「深夜、こんな負け犬と話す必要ないでしょ」

「まあそうだね…もしどうしても一矢報いたいって言うんなら征志郎の弱点を教えてやろうとも思ったけど、もういいや
お前辞退しろ、このまま出ていけばお前はあそこで殺されるぞ
征志郎はそういう奴だ、なぶり者にされお前は殺される、きっと教師たちはそれを止めないし、征志郎はお前を殺しても評価は下がらない、だから」

「辞退しろって?」

「ああ」

「戦わずに逃げろと?」

「ああそうだ、お前そういうのが一番得意なんだろう?」


征志郎様は必ず一瀬グレンを殺す、もしまた真昼が止めたとしても

それを楽しんで行えるような人だから戦う気がないなら最初から見苦しいものを見せないでほしい


「…じゃあ辞退を手伝ってくれるか?」

「クズが」

「お前が辞退しろと言」

「黙りなさい」


ぴしゃりと告げれば言葉は仕舞われた、発言を許可した覚えはない

私たちも養子のため一瀬グレンに共感できる部分は沢山ある

でも私たちとこの男は決定的に違う、運命を受け入れているか否か

敷かれたレールの上を走る生き方を御免だと変えようと足掻けるかどうか

私も深夜も柊家は嫌いだ、言いなりになるつもりはない

でも一瀬グレンは全てを受け入れ諦めているじゃないか


「これじゃあ真昼は何のために…っ」


ずっと貴方と会えることを楽しみにしていた彼女が不憫だ

いつかまた思いが通じ合うと信じていた真昼の気持ちはどうなる?

どうしてこんな男に私の大切な友人が傷つけられる

苛立つ私を制するように深夜が前に出た


「いいだろう、僕がお前を辞退させてやる」

「一年四組柊征志郎、一年九組一瀬グレン」


名を呼ばれステージ上に上がった征志郎様と深夜


「一体これはどういうことですか?」

「なんで深夜様が出ていく?」

「俺は試合を辞退するんだ、柊征志郎様には勝てないから」


不思議そうな顔をしている十条さんと五士さんに一瀬グレンは答える

その回答に二人は信じられないというような表情をしていた

「はぁ?お前それ本気で言ってんのか?」

「ちょっと、それはあんまりじゃありませんか
貴方、昨日従者の方をあんなにされて、それでも何も感じないんですか?」

「そうだよ、勝てないから辞退って何だそれ
お前の従者はあんなになるまで戦ったってのに…主のてめぇは逃げんのか?俺は許さねぇぞ
せめて勝てなくても試合にはちゃんと出ろよ!」

「そうです!もし貴方が負けたとしても私たちが止めますから
でなければ貴方のために頑張った従者の方が…」


必死に説得する二人に一瀬グレンは面倒そうに舌打ちをする


「ああ、くそ、うるせぇな…なんでお前らが俺に指図する?
俺は辞退するんだよ、第一、俺は小百合よりも弱いんだぞ?ならそもそもこんな試合出る意味ないだろう?」


そうだ、期待するだけ無駄なんだ

真昼も深夜も五士さんも十条さんもみんなが一瀬グレンに何かを期待している

でもこの男はそんな器じゃない


「ははは!何だそれ?辞退?すげぇなそりゃ
女ボコボコにされてんのに逃げんのか?さっすが一瀬はクズだなぁ」


深夜から辞退の事情を聞いた征志郎様の高笑いが響き渡り、周囲の生徒たちも口々に笑い声を上げた


「あいつびびって動けねぇんじゃないの?」

「昨日従者をなぶられた奴だろう?辞退するってどのツラ下げて学校来れたんだよ?」

「とんだ弱虫だよ」


バカにする笑い声の中、一瀬グレンはヘラヘラと笑っている

とても不愉快な光景に嫌悪感を抱いた瞬間、突如赤い光が天より降り注いだ





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