愚者へ贈るセレナーデ

  取り残された僕ら




「あなたは才能がある、もっともっと磨いて柊家の役に立つのよ」


小さい頃から両親にそう言われてきた

呪術の秀でた家系に生まれた私はそういうものだろうと特に気に留めていなかったように思う

あの頃は呪術の鍛錬を頑張って、上達することで両親が喜ぶのならそれでよかった

両親に何も言われないようになれば地方にある祖父母の家に行くのを許してもらえるとそう信じていた

そもそも祖父母の家に行くのが楽しかったのは見たことがないもので溢れていたからだ


「夜空、こっちへおいで」


おばあちゃんはいつも優しかった

両親にひたすら呪術の訓練をしろと強要される私を甘やかしてくれた

美味しい山菜料理を作ってくれて、野山の知らないことを教えてくれた

知らない植物や生き物、東京では見たことのない満天の星空

私は自分がいかに小さい世界にいるかを思い知った


「おばあちゃん、私ここに住みたい」


私の我儘を全部許してくれるおばあちゃん

でもその我儘だけは叶えてくれなかった

困ったように笑って頭を撫でるのみ


「…きっと夜空を愛してくれる人が現れるよ」


それがどういう意味で、どういうつもりだったのかは分からない

だって私はその後間もなく六歳の定期診断で柊に目をつけられたのだから


「おめでとうございます、夜空様は暮人様の婚約者に選ばれました」


柊の使者はそう告げた

嫌だと泣いて喚いて、必死に両親に懇願した

でも両親は光栄なことだと笑顔で私を送り出した

血のつながりなんて何の意味も持たない

絶望した私は心を閉ざした

どうせ自分が足掻いても何も変わらない

敷かれたレールの上を歩くだけの人生

可愛く着飾られても美味しいものを食べても何一つ満たされない

そんな私は真昼に出会った

私よりずっと恵まれてるお姫様だと思っていた彼女は生まれてからずっと苦しんでいた

何も知らないで私は彼女を羨んだ、それが彼女を呪ってしまったとも知らずに

暮人に守られ、真昼に守られ、深夜に守られ

誰かに守られ続けてきた私は誰にも守られないグレンに出会った

力がないくせに諦めるわけでもなく、手に入れれるわけでもないのに必死に手を伸ばす情けない姿に心が揺さぶられた

とうの昔に諦めてしまった私も足掻き続けていれば彼のようになれただろうか


「夜空」


誰かの声がする

これは誰の声だろう


「夜空」


聞こえてるよ


「夜空」


ああもう…うるさいなぁ…


「好きだ」


その言葉に息が止まった、心臓が痛い

これはグレンの声だ、私が好きな彼の声だ

私たちを守るためにグレンは独りで抱えて先へ行ってしまった

八年前に真昼がそうだったようにグレンまでいなくなったのだ

大切な人はいつも私を置いていく…いや違う、私が追いつけないだけだ

考えて考えて最善手をとっても追いつけやしない

私のような村人Aにはわからない何か大きなものが動いている

それにグレンは抗っている、真昼と一緒に


「グレン」


私はまだ追いつく?あなたと真昼に追いつけるのかな?

突如遅いくる覚醒していく感覚

「ああ、これは夢か」と納得する


「ん…」


目を開けるとそこはどこかの牢らしい

ジャラッと音が聞こえ手元に視線を落とすと手錠をかけられている

重たさのせいで腕がつらい


「夜空起きたか」


どこからか暮人の声がした

この牢の中にいないということは隣の牢からだろうか


「暮人…?」

「ああそうだ、深夜もいる」

「おはよう夜空、いい天気だねー」


いつものように軽薄そうな声を出す深夜

馬鹿言わないでほしい

どう見ても牢の中、それも日本帝鬼軍のそれの中に入っている

空なんか見えようがない


「まずいことになったなぁ…暮人兄さん、これじゃあ人類壊滅だよ
頑張って外のグレンと連絡取らないと」


深夜の言葉に首を傾げる

どういう意味だろうかと


「兄さん、兄さん、まさか死んじゃったんじゃないよね?」

「黙れ、今考えてる」

「…ごめん、口挟んで本当に申し訳ないんだけれど今どういう状況?」


全く理解が追いつかない私に暮人は告げた

日本帝鬼軍が吸血鬼と百夜教によって陥落したと

そして私たちは今武装を取り上げられ牢にぶち込まれていると

ああ、本当に何も知らないまま物事が進んでいく

もうずっとこれだ、走って走って…それでも置いていかれる

全部投げ出してしまえたならどれほど楽だろうか

自嘲気味に笑った私は救えなかったグレンを思い返すよう瞼を閉じた





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