愚者へ贈るセレナーデ

  恋と友情




シノアの様子がおかしい

吸血鬼化が始まっているそれはおそらくこいつの中にいるバケモノのせいだろう


「どくんだお前ら、研究室へ入れる」


いつの間にか復帰した暮人が割って入ってきた

優を押し退けストレッチャーでシノアが運び出されていく


「あいつを救えるのか暮人…俺のせいなんだ!俺を守るためにシノアがバケモノに取り憑かれて!!」

「お前もアレに会ったのか?」

「会った!」


暮人へ訴えかける優をまっすぐ見つめる


「何の話をした?」

「なにって…あいつはずっと前から俺のことを知ってるみたいだった…あと阿修羅丸のことも」

「ずっと前から…鬼とお前のことを?」


深夜と夜空が俺の顔色を窺うのが分かった

だが俺はただ無言でそれを見つめるのみ


「不用意に情報を漏らしちゃだめだ」

「そんな状況じゃない、シノアがバケモノに取り憑かれ」

「そういうお前は一体なんだ?何者だ?」


優を止めるミカエラ

暮人は優へ何者だと問いかけた


「分からない…記憶がないんだ…阿修羅丸もないって言ってた…でも俺の記憶がシノアを救う助けになるなら」

「優ちゃん!!」

「俺のことを調べてくれ!!」


ミカエラの叫びも虚しく暮人の部下が優を拘束した


「今からお前の自由はない、研究対象にする」

「俺に何してもいい、絶対シノアを助けろ」

「モルモットが偉そうに喋るな」

「絶対だぞ!できなきゃお前を殺す!!」


何も言わない俺を夜空が不安げに見た

訳がわからないだろうに俺を信じている夜空にも深夜にも本当に感謝している

優が連れて行かれ、ミカエラが追っていくのを見届けてから暮人へ声をかけた


「急に元気そうだな」


こちらを向いた暮人の顔はいつも通り涼しげだ

先ほどまでの辛そうな面影はない


「バケモノからの攻撃がなくなった…どうやらシノアの方へ行ったらしい」

「お前が当主なのに?」

「シノアの方が優秀なんだろう、なにせ真昼の妹だからな」


俺の傍に浮いている真昼が楽しそうに微笑みを浮かべる

真昼は暮人を評価していた、それがこいつには伝わってないようだが


「お前百夜優一郎のことで知ってることがあるだろう」

「ない」

「お前のお気に入りだろ」

「俺にはない」

「なら一体どこから連れてきた?」


少し言葉を考えてから口を開く


「…真昼が」

「まだ真昼の名前が出るのかよ」


呆れたように告げる暮人

そりゃそうだ、九年経っても真昼は俺たちの中心にいるのだから


「あいつが死ぬ前に第二始祖と繋がっていた、百夜教にいた斉藤って名乗ってた奴がそうだ」

「…斉藤」


九年前に渋谷第一高校を襲った斉藤

聞き覚えがある名前に深夜と夜空が不服そうな顔をする


「ちょっとグレン初耳なんだけど」

「同じく」

「話してないからな」

「僕ら仲間じゃないの?」


仲間だ、でも言えないことくらいある

答えない俺に深夜がわざとらしく肩をすくめる


「何故今になって話す気になった」

「大事なことは話してない」

「じゃあ話せ」

「できない」


俺と暮人の押し問答に背後にいた深夜と夜空が呆れていた

深夜の「なんだよそれ」という声も聞こえる

俺がそっち側なら同じことを思ってただろう


「話せばここにいる全員にとって不利益な出来事が起こる、だからできない」


言えば深夜や夜空は消える、だから言えない

俺の頑なな様子にフッと暮人が笑った


「そういう呪いか」

「いつから?いつからその呪いを抱えてる?」


深夜が問いかけてきたので振り返る

詮索するなと言ったはずだと

すると深夜は少し諦めた顔で笑う


「いや…気づいてたけど…八年前から…世界が滅亡してからお前は独り僕らと少しだけ距離を置いてた…でも」


歩み寄ってくる深夜へ手を伸ばす

それ以上こちらへ来るなと、踏み込んでくるんじゃないと意味を込めて


「詮索するな、距離を詰めるな」

「詰めたらどうなる?」

「…いいことは起きない」


死者は自分が生き返ったことを知ったらまた塵へと戻る

もうこいつらを失うわけにはいかない

俺の八年間はそうやって生きてきた


「くそ、どうなってる…真祖だの第二位始祖だの一体人間はどこへ行った?」

「俺たちももう鬼と混じってるしな」


皮肉をこめて言えば、傍にいた真昼が困ったように笑った

真昼が鬼呪を完成させたおかげで俺たちは生き残っている

まあ代償として人間は辞めたが


「グレン、言えないなら答えなくていい、ただ聞け
俺のところに来てシノアのところへ行ったバケモノがまず真昼のところに来てたんなら真昼は真祖をどうにかするために動いてたんだろう?
で、斉藤に繋がった…つまり斉藤は真祖を嫌っているのか?」


その問いかけに八年前に会った斉藤を思い出す

発電所の時だ、あの時あいつが話したことを思い出して口を開いた


「わからない、追いかけるとは言ってた」

「それは答えていいのか?」

「多分」

「斉藤の目的はなんだ?」

「分からない」

「お前の目的は?」


仲間を…家族を救う

残り二年しか生きられないこいつらを救いたい

俺にはこいつらが必要だ、だから…

答えない俺に暮人がため息を吐いた


「そっちは答えられないやつか…お前は一体何に取り憑かれてる?何に囚われてるんだ?」

「"恋と友情に囚われてるのよね、グレン"」


真昼が夜空と深夜の傍で笑う

そうだ、その通りだ

俺はずっと真昼と夜空に…恋に囚われている

そして深夜たちへの友情にも

弱くて情けない俺が八年前に捨てられないとしがみついたそれは今も俺を縛り付けていた





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