愚者へ贈るセレナーデ

  狂気を飼い慣らせ




「いやいややれるでしょ、なんせ俺はキ・ルク様だぞー」


心臓を潰されても復活する優一郎くんを前にしてますます好戦的になったキ・ルクに冷や汗が流れた

初動で殺しきれなかったことは想定外だった、優一郎くんの暴走にはタイムリミットがある

どうするのか必死にグレンが頭を回す、私も考えるがふと優一郎くんの手に二本目の薬が見えた

二本打ったら優一郎くんは正気に戻れない、そう聞いている

でもここでやらなきゃ全員死ぬ…どうすべきか


グレンが決めたことなら従う

だがこの空間に声が響いた


「いやー空が青い、快晴だなぁ」


なんとも間の抜けた声に聞き覚えがあった

新宿を襲ってきた吸血鬼の中にいたそいつ、どうやらあれがフェリド・バートリーだったらしい

どうりで嫌悪感を抱くわけだ


「さて戦況はどうだい?」


にっこり微笑むそいつに顔が歪んだのはいうまでも無い


「全部僕の想像通りに進んでるかなー?」


先ほどキ・ルクに切られたため上半身しかないその体は剣を支えに浮いている

おかげで切断面からは血がぼとぼと落ちている、一言で言うならグロテスクだ


「はったりだろ?」


フェリドに問うキ・ルク

今のフェリドの発言からこれがフェリドの掌の上だという思考に至ったらしい

やはり頭がいいようだ


「さーてーね、どう思うかはあなたの自由…とりあえず戻ってこーい」


フェリドが声をかけると彼の下半身が動き出した

たったったっと上半身へ向かって駆けていく

これまたなんとグロテスクな光景だと更に顔が歪んだ


「これは女王様連れて退却かなぁ」

「あらら?キ・ルク様ともあろうお方がこんな雑魚相手に逃亡ですかあ?」

「調子に乗んなよおい、俺が本隊に戻ったらお前は反逆者として確定だ」

「もう拷問受けてましたけどねえ」


吸血鬼は陽の光に弱い

だから紫外線防止リングをつけていないと地上には出てこられないという

それを外して太陽に身を焼かれるという拷問をされていたらしい、死ねない吸血鬼にとっては辛いだろう


「次は地下深くに首だけ埋められ永久幽閉になるね」

「それはこわーい、でも僕はなにもやってないんです無実なんです
これほんとなんです、信じてください」


どの口が言うんだとこの場の全員が思っただろう

キ・ルクもフェリドを眺めてから口角を上げた


「次はその無実なお前の計画を暴く役を俺がやろう、すげーおもしろそうだ」

「ははは、あなたにできますかねぇ」

「できるよフェリド、俺はお前より長く生きてる」

「は、のうのうと不毛に長く生きさらばえているだけでしょう」

「…ああそうだ、だからお前と同じ狂気を抱えてる
次にお前の首を地下に埋めるのは俺だ」


キ・ルクがクルルの磔にされている木ごと抱える


「じゃ、俺帰るわ」


そう告げてから一瞬でこの場を離脱し駆けていくキ・ルク

その様子を見ていた私たちは呼吸を整える


「ぐ…ぐぅうううう…」


苦しそうに倒れ込んだ優一郎くんにミカエラが駆け寄った


「優ちゃ…」


だがグレンがミカエラの肩に触れる


「まだ声を出すな、キ・ルクが戻ったら終わりだ」


その通りだ、私たちでは第五位始祖には勝てない

生かされただけ、まだ相手の掌の上でしかない

しばらくしてからフェリドが両手を合わせた


「はい、いいよー!多分声が聞こえない範囲までキ・ルクは出た」


にっこにこで笑うフェリドに全員が一斉に安堵した

私も緊張感から解放されたことにホッとして劫火桜を鞘に戻す


「で、勝ち?」


声をかけてきた深夜にグレンと顔を見合わせた


「五分…かな、殺せなかった上に女王を取られたが変態は助けた」


フェリドを指さしたグレン

そちらを見れば能天気にこちらへ手を振っている


「変態助けちゃダメじゃん」

「じゃあ負けか」

「負けたー!」


はははと笑う深夜

私を見ていたフェリドが思い出したのか「あの時の速い子だ」と言うのでグレンと深夜の影に隠れる


「…ねえ、私あいつ嫌い」

「珍しいね夜空がそんなふうに嫌悪感丸出しなんて」

「お前あいつになんかされたのか?」

「別に特には…でも」


新宿でほんの数秒対峙して分かった

フェリドはとんでもなくやばいやつだと

吸血鬼じゃなく人間だったとしても関わりたく無いほどに気味が悪い

それに私のこの感情に気がついていてわざと反応を楽しんでいるようにも見える

これからこいつが仲間になるなんて本当に最悪だ





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