愚者へ贈るセレナーデ

  賢い選択




「なんだ囮任務か…」


ため息を吐いた君月くんに眉を下げて笑う

私の柊なので申し訳なさはあるがこれが柊のやり方なのだ、申し訳ない


「貴族殲滅作戦は終わった、何人殺せたかは分からないが市役所にいるクローリー・ユースフォード、チェス・ベル、ホーン・スクルドの三人を除けば目標八人中五人殺せてる計算になる、十分だ
人質を解放できたら今度はなるべく敵の目を引きながらできるだけ長く生き残る任務を始める…だから…」


グレンが先を告げる前に深夜が白虎丸を出現させた


「だからここから狙撃して派手におびき寄せ、だけど逃げるって作戦ね…で上手くいくなら人質も救う」

「もっとうまくいけば任務を終えた他の部隊も集まってクローリーたちも倒せるだろう」

「あは、いかないよそんなうまくは」

「………ネガティブめ」


深夜を睨みつけるグレンに彼は笑う


「事実を言ってる、けどできるだけうまくやろう
与一くん、名古屋市役所を狙撃するよ手伝って」

「あ、はい!」


早乙女くんも深夜同様に鬼呪を出現させて構える

狙撃の極意を深夜が教え込んでいるらしい

あの大人気ない深夜なので少々不安だったけれど、案外上手くやれているようで安心した


「全員配置につけ、吸血鬼からの攻撃に備える」

「みなさんもお願いします」


鳴海隊とシノア隊が臨戦体制に入る

それを眺めていると深夜がスコープを覗いた


「じゃあ僕は四階あたりを撃つから与一くんは五階で」


指示を受けた早乙女くんも同様に狙いを定める

が、その顔色が変わった


「ご…五階の窓際に吸血鬼がいます!!気づかれる前に狙撃許可を!!」

「なっ!撃て!撃って殺せ!!」

「やれ与一!!」

「はい!!行け月光韻!!!」


早乙女くんの放った技が向かう

黒鬼シリーズのその攻撃を吸血鬼は難なく躱してみせた


「ごめん…また失敗した…」


落ち込む早乙女くん

しかしスコープを覗いて様子を見ていた深夜は真顔だ


「んー…でも今のは普通は絶対避けられないタイミングだった、つまり…」

「あいつがとんでもなく強いってことだ」


あの不意打ち、それも黒鬼装備のものを避けるなんて貴族の中でも上位かもしれない

クローリーは十三位と聞いているけれど本当にそうなのか?と事前情報すら疑ってしまう


「優くん、クローリーって僕ら知ってる奴だ」

「あ?」

「あいつだよ、新宿に行く前に僕らが戦った吸血鬼の貴族」

「ちょ!寄越せ!!あっ!あいつだ!!すげぇ強かった奴!!」


どうやら以前出くわしたことがあるらしいシノア隊の顔色が変わった


「そう、強いな…見てやっと分かった…おまけに向こうは貴族が三人、こっちは人間十七人…正面からぶつかったらまるで勝ち目はない」

「じゃあどうすんだよ!!」


グレンに食ってかかる優一郎くんに深夜はスコープを覗いたまま告げる


「二択でしょ、拷問されないよう人質を狙撃して殺してから逃げる
もしくはうまく敵を分散しながら人質を救って散開、どっちが人数多く生き残れるかな…」


深夜は正しい、何が最善かを見極められる

それは柊に教え込まれたものだからだ、私でも彼と同じように前者を選ぶ


「おいグレン、仲間を見捨てて逃げたりしないよな?」


優一郎くんの問いかけにグレンが黙り込む

必要であれば優一郎くんを黙らせるしかないかと考えていると鳴海くんが前に出た


「中佐、ここは人質を殺して逃げるべきでしょう
襲って来ないところを見ると幸い向こうは私たちに興味がないようですし」

「はあ!?おい鳴海!!てめえふざけ」


と、鳴海くんが優一郎くんの体を突き飛ばした


「ふざけてるのは君だ
あの人質の中には僕の同期もいる、君よりずっと動揺しているが…辛そうな顔で騒いだ方がいいか?」

「…お前」


その通りだ、誰もが人質を助けたい

でもそれをするには相手が強大すぎる

無策で突っ込むわけにもいかないため今グレンは必死に頭を回していた


「ですがこれ囮任務なんですよね?吸血鬼の目を新宿へ集まっている軍本部へ向けさせないための」

「そうだ、人間が名古屋に攻め入ってるように見せたい…だから派手に戦っているフリをする」

「戦うの?でもあれほどゆったり待ち伏せされてたら絶対勝てないよ」


吸血鬼は余裕そうにこちらの出方を伺っているらしい

強者の余裕というやつだろうか、とても不愉快だ





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