愚者へ贈るセレナーデ

  弱いから群れる




世界を夕焼けのオレンジ色が染めていく

その光景を眺めていた俺と暮人

しばらく黙っていたところ、暮人が口を開いた


「なあグレン」

「うん?」

「これから人間はどうなっていくと思う?
こんな世界じゃ生き残ったところで意味がない…そう思う奴もいるんじゃないか?」


珍しい暮人の弱気発言に目を丸くする

俺の知る柊暮人はこんなことを問うだろうか

少なくとも俺にこんなことは質問してこないだろう

こいつが弱みを見せるとすれば婚約者の夜空の前だけだ


「なんだそれ、俺を呼んだ理由は愚痴を聞かせるためか?」

「いや違う誘導尋問だ、お前はどういうビジョンを持ってるか聞きたい
こんな夢も希望もない世界でそれでも勝手放題に人体実験をやって戦力増強を図ってるお前は一体何を目的にしている?」

「…誘導じゃなく直接聞いてるじゃないか」


揶揄うように笑うと暮人が「答えろよ」と急かす

だが俺はその答えを言うわけにはいかない

これは俺の罪だ、俺だけの罪だ

だから俺は今度こそ誰にも頼らず成し遂げなきゃならない、仲間も頼れない状況で


「…別に、力はいくらでも必要だろ」

「当然だ、だがそれでもビジョンがないなら死んだ方がマシだ
欲望しかないのに犠牲を出す奴は悪だ」

「…は、悪ときたか」


確かに暮人の言う通り世界を終わらせた俺は悪だろう

仲間と一緒に世界の破滅を止めるために必死になって、人間を殺してそれで結局これだ

どう考えても悪でしかない、正義だとかそんなものに憧れてはないが悪と言われて何とも言えない気持ちが生まれたのは事実だ


「俺は人間世界を復興させるぞグレン
吸血鬼が情報伝達ラインを破壊したせいで国外との連絡が取れないが、おそらく他にも生き残った人間組織がいるはずだ」

「…だろうな、じゃあ情報伝達ラインの復旧がとりあえずお前の目標か?」

「いや、まず日本から吸血鬼を駆逐する
その後世界に残ってる人間たちの組織もすべて叩き潰して世界を日本帝鬼軍の管理下におく
中心はあくまで日本だ、吸血鬼のいない楽園世界を日本に作り上げる」


何がすごいかって暮人はこれを冗談なしで言っているところだ

だったらいいなとかいう妄想じゃなく実現させるために取るべき最善手を検討し実行しているド変態野郎なこいつは何故か輝いて見えた


「…ガキの夢みたいに壮大だな」

「は、かっこいいだろ?」


俺と暮人の違いはこういうところだろう

俺は弱いから仲間がいないと何もできない

だが暮人は一人でも成し遂げてしまう、そこに仲間は必要ではない

どちらがリーダーに相応しいかは一目瞭然だ


「で、その中でお前の野望はなんだ?俺より小さければ俺に従えよ」


暮人の言葉に返事をしようとするが、突如真昼の声が聞こえた


"…違う、違うでしょグレン
あなたは私に従うんでしょう?"


楽しそうなその声は八年前からずっと続く

みんなには真昼は死んだと言ったが生きている、この刀の中であいつは今も俺に囁き続けている

俺は蘇生したあいつらを救うために真昼に力を求めた

蘇生した者は十年しか生きられない、それに蘇生されたことを知れば塵になって消える

あと二年、あと二年であいつらは消えてしまう

それを何とかするために俺はずっと動いてきた

暮人に言えるわけがないこの欲望は八年前から変わっていない


「…ああ、だからお前に従ってるだろう暮人」

「信じていいのか?」

「少しでも信じられなきゃ殺すくせに」

「そうだが一応な、じゃ次の話」

「話が多いな」


まだあんのかよとげんなりするが、暮人は今までの会話の中で一番真剣な顔になった


「吸血鬼はまた攻めてくる、だがその前に今度はこちらから攻めようと思う」


今まで吸血鬼と交戦はあっても攻め込むことはなかった

単に吸血鬼が強すぎるからという理由に他ならない

人の七倍の身体能力を持つ桁違いの相手に戦いを挑むなど無謀すぎる、だから人類は吸血鬼との全面対決を避けてきた

だから俺も真面目な顔つきになる

負け戦を柊が挑む訳がない、暮人は冗談を言うような奴でもない…本気だろう





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