愚者へ贈るセレナーデ

  好きだなんて




グレンが出てった後の内容をまとめた資料を持って訪ねたのは月鬼ノ組にある彼の執務室

ノックをすれば入れという返事が返ってきた


「お邪魔しまーす」


扉を開けば何かの書類を眺めるグレンがいた


「さっきはどうも」

「お前が来たのか」

「あら、深夜が良かった?」


そりゃ残念ねと笑うとグレンが別にどっちでもいいと返事をする

そんな態度に少しだけイラッとしたので机に置いていった書類と内容をまとた資料を叩きつけてやった


「あのね、深夜を尻拭いに使わないでくれる?
柊の連中に睨まれたら深夜が可哀想でしょう」


私の大切な友人に余計な手間をかけさせるなと睨みつければグレンの目がようやくこちらに向いた

その目で見つめられると心の奥がざわつくのでやめてほしい


「お前深夜のこと好きだな」

「そりゃあね、友人だもん」


私にとって初めて出来た友人は真昼と深夜だ

真昼とは疎遠になってよく分からないまま別れてしまったが深夜とはずっと一緒だった

もはや家族に近い感情すらある


「友人ねぇ、じゃあ暮人は?」


暮人の名前に首を傾げた

どうしてここで彼の名前が出てくるんだと怪訝がりながらも彼も友人だと返答する


「はは、婚約者様を友人呼ばわりか…ひでぇ女」

「…何、機嫌悪いの?」

「いや、逆だ今は気分がいい」


自分の育てる子の中に何か面白い逸材でもいたのかグレンは口角を上げた

彼の真意が読めないのは昔からなので今更追求したりはしないが先ほどからチクチク刺すような棘は気のせいじゃないだろう


「なら私に当たらないでよね、言いたいことがあるのならはっきり言って」

「お前こそいい加減はっきりしろよ」

「…は?」

「俺の事好きなんだろ?」


またこれだ、この八年ずっとこれだ

グレンの視線を見つめ返していた私はため息を吐いた


「…またその話?いい加減しつこいよ」

「お前が答えれば終わるだろ」

「だからグレンも友人だって」

「意地はんな」

「自意識過剰すぎない?」


何なんだ一体と若干君の悪さまで覚える

グレンは何と言えば満足するのだろうか


「そもそもどうして私が好きだとか思うわけ?私あなたに告白でもした?」


そんな記憶ないぞと付け加えれば、グレンが少し黙る

私を見るその目が動揺に染まっていた


「…え、グレン…?」

「っ、いや…何でもない」


何今の反応

グレンが知ってて私が知らない何かがあるんだろうか

彼がこの質問をし始めたのは世界崩壊後から

つまりあの時…私たちが記憶を失っていたあの間に何かが


「グレン、八年前のあの時」


問い詰めようとした私の口が塞がれる

グレンの手がそれ以上言わさないよう抑えていた


「詮索するな」


何それ、散々人のことを揶揄っておいてそれはないだろう

私の口を押さえていた手に噛みついてやった

多少勢いがあったせいで血が出たかもしれないけれど知ったこっちゃない


「ふざけないで、グレンってほんっと勝手ね!」


突き飛ばそうと伸ばした腕を掴まれる

投げ飛ばされるんじゃないかと思い身構えた私の体を彼が抱きしめた


「…え」


グレンがこんな至近距離にいるのはいつぶりだろう

あの時、世界が終わって私の部屋に来た時以来かもしれない


「グレン、離して」


これ以上はよくない

心の内で劫火桜が笑っているのが分かる


「グレンってば」


あなたには真昼がいる

私には代わることはできないあの子が


「夜空、俺はお前が好きだ」


グレンが私の耳元でそう告げた

そのことにびくりと反応してしまった体


「だ…だって…グレンは真昼が…」


八年前彼が彼女を追う姿を見てこの気持ちに蓋をした

生涯告げることはないと思っていたのにどうして今そんなことを言うんだろう


「…確かにあいつのことは好きだった、でもそれは過去の話だ
ガキの頃の恋愛を引きずってるように見えるか?」

「それは…見える」


その回答にグレンが私の頭にチョップする

痛い!と声を上げて睨むも、その両眼は私を見下ろすのみ


「俺はクズの一瀬でお前は柊の、それも暮人の婚約者だ
身分違いも甚だしい、それこそ後世まで後ろ指を指されるだろうな…だからそれを背負わすつもりなんてなかった
ずっと心に秘めておけばいいんだろって思っていた…だけどもう止めだ、お前が俺のことを好きだっていうことはわかってる」

「私そんなこと一度も」

「見てりゃわかる」


嘘でしょう?

そんな素振りは見せたことがないはずだ

現に美十や典人、花依さんや雪見さんは気がついていない

私のこの気持ちがバレているわけないのだ、それこそ告白でもしていない限りは


「柊に歯向かうのが怖いか?」

「そんなことないけど…」

「なら暮人を裏切るのが嫌か?」


暮人

その名に心が冷静さを取り戻す

そうだ、私は暮人のために柊に買われた畑

この体はもう何度も暮人に捧げている

好意がなくとも成り立つ生殖行動

種を植え付けやしないが欲のために私たちは体を重ねてきた

私はグレンを受け入れられない、グレンに愛されるのは真昼だけでいい

恋は尊いものだと彼女は教えてくれた

そんな恋をこんな私が、快楽のため汚れ切った私がしていいの?


「っ…ごめんなさい」


グレンを突き飛ばし部屋を出た

早く、早く自分の部屋に戻らなきゃ

その思いで月鬼ノ組の官舎を駆け抜けた私にはグレンのことなど気にする余裕なんて残っていない





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