愚者へ贈るセレナーデ

  強き者の責務




「…じゃあ何があそこで起きた?」


暮人の問いかけに俺は顔を上げた

その答えは告げるわけにはいかない

蘇生した人間は自分が死んだことと蘇生されたことを知れば塵になって消えてしまう

仲間を死なせたくない、あいつらを失いたくない


「答えろ何が起きた?もしくは自白剤を打つか?」

「…打てよ、俺は自分が見た事実しか言ってない
俺は真昼を殺した、真昼が俺の中に入り込んできて消えた…で、俺の意識もそこで消えた」


暮人がしばらく考えた後に注射器を放り投げた

床を転がるそれはカラカラと音を立てて動きを止めた


「信じよう、どうせ自白剤は効かない」

「でも別の薬は打ってるだろ?無駄に不安な気分になる…で俺を誘導してる、鬼に取り憑かれてるんじゃないかと恐怖させるように」


それが柊のやり方だ、暮人の考えそうなことは大抵予想できる

しかし俺の読みとは異なり暮人は首を横に振る


「薬は打ってるがお前の状態は嘘じゃない、鬼が暴走してる普通じゃあり得ないほどに
なのに理性が保たれてる、鬼呪コントロールの次のステージだ
鬼呪融合だな、これをどうやった?真昼がやったのか?」


その通りだ、俺は俺の体に何が起こっているのか何も知らない

知っているのは真昼ただ一人のみ


「どちらにせよこの鬼呪実験を真昼がやったなら彼女は救世主だ
鬼呪の力はまた飛躍的に伸びる、これがあれば吸血鬼と戦えるかもしれないほどに」

「吸血鬼と戦う?」

「戦う必要がある、奴らは子供を拉致する人類の未来を
それに奴らはきっと蘇生実験をした組織を許さないだろう」


蘇生実験が禁忌に触れることは暮人も知っているらしい

だがこの様子からして誰が蘇生させられたのかは知らない

知っていたら…夜空を蘇生させたと知ったらこいつの仏頂面は少しは崩れるのだろうか


「で、あいつらは?」

「原宿にいる」

「原宿?復興は原宿から始まるのか?渋谷じゃなく?」


帝ノ鬼の拠点は渋谷だったはずだ

なのにどうしてあいつらが原宿にいるのかと怪訝がれば暮人は至極真っ当そうな顔で告げた


「拠点は渋谷だよ」

「なら何故…」

「お前と話すまでお前らを帝ノ鬼へ迎え入れる訳にはいかないからだ」

「はっ…婚約者も信じられねえのかよ」


これは嫌味だ

俺を散々こき使う暮人への最大の嫌味

こいつは夜空のことになると少し人間らしくなる


「勘違いするな夜空を信じようが信じまいが関係ない、あいつは俺の下から手放すつもりはないよ」

俺が夜空に好意を抱いていることに気づいているのか暮人の視線が突き刺さった

何で恋愛とはこんなに面倒なのか

柊の女なんてもう好きになるべきじゃないのに俺の心は夜空を欲する

夜空の話をしたことが気に入らなかったのか暮人の視線が冷たくなった

まじかよ、今度はこいつと取り合わなきゃいけねぇのかよと面倒すら覚える


「滅亡はどうやら柊の計画通りだ、真昼すら父の実験体にすぎなかった…違うか?」


暮人の言う通り真昼は実験体だった

生まれた時からああなることは決まっていたのだ

その運命から出たいと告げた彼女は監視カメラを全て破壊し研究者たちを皆殺しにして待っていた


「なあ暮人」

「ん」

「お前にとっての敵は誰だ」


暮人がどちら側の人間か判断するための問い

ここで間違えれば深夜たちは死ぬ


「敵?」

「ああ」

「敵はいない」

「なら何のために生きる?こんな世界でゴールは何だ?」


信用に足るのかどうかを見極めなければならない

だから俺は暮人の回答を待った


「お前はまだちゃんと外を見てないだろう?本当に酷い…俺たちがここで踏みとどまらなければきっと人類は終わる
だから力のない奴らにとってのゴールが俺だ、帝ノ鬼が人類をとりまとめて」

「はっ、お前らが滅亡を計画したのにか?」


柊が計画し滅亡させたのに柊暮人は自分が復興させると言う

どこまで行っても柊家は勝手だ


「俺の計画じゃない、だが責任は取る必要がある
それが力のある人間の義務だ」

「義務ときたか」

「義務と正義だ」


暮人が刀を抜いた

雷鳴鬼が帯電している様子を眺めていると、その刀が俺の拘束具を破壊した




prev / next

[ back to top ]


- ナノ -