愚者へ贈るセレナーデ

  一瀬の彼




暮人に呼び出された用事が終了した後、自分の教室である九組へ向かっていると深夜が待っていた

本当に待っているとは思ってなかったので呆れつつ彼と一緒に教室の扉を開ければ静まり返っているクラス


「あれぇ、なんでこんな静かなの?」


HR中のはずに堂々と教室後方の扉を開け中を進む深夜、彼に続いて教室へ踏み入れる


「こ、これは深夜様、夜空様
ようこそ私のクラスへ、お席はこちらでございます」


指定されたのは教室前方の入り口に近い席二つ

媚びへつらう教師に深夜は「えー、嫌だよそんな前の席」と告げ窓際の一番後ろに座る一瀬グレンの隣にいる女子へ声をかけた


「僕そっちの席がいいや、だから替わってもらえるかな?」

「は、はい!もちろんでございます!」


勢いよく立ち上がった女子生徒は深夜に話しかけられてとても嬉しそうにしており、そんな光景を見て私は元々用意されていた自分の席に着席した


「ですがそのようなネズミの隣に…」

「先生、教師が教え子をネズミなんて言うのはどうかと思うよ?
同じクラスの仲間同士みんなで仲良くやらなきゃ…あと夜空もこっちおいでよ、キミ替わってあげて」


深夜が声をかけたのは一瀬グレンの前の席の男子生徒

このクラスには葵もいるので暮人へ何か言われる可能性もあり迂闊なことは避けたいけれど、深夜を敵に回すのも面倒なので呆れつつも一瀬グレンの前の席に腰掛ける


「ああ、みんな邪魔してごめん、ホームルーム続けてください」


深夜の言葉を聞いて慌てた教師、HRを再開した様子を眺めていると後ろから深夜の声が聞こえた


「ねえキミ…えーと一瀬グレンくんだっけ?グレンって呼んでいい?」

「私にお声がけでしょうか?」


背後から聞こえてくる会話は周りには聞こえないよう気を遣っているようだけどよく聞こえる

私の隣の男子生徒も聞こえているのかどうしようかと視線を泳がせていたので呆れつつも防音の術を使用した

これで二人の会話は周りの生徒には聞こえないはずだ


「何その敬語?」

「柊家の方には逆らうな、と厳しく教育されております」

「えー、ほんとに?そりゃーつまんないな」

「申し訳ありません」


一瀬グレンの言葉はとても従順なように聞こえる反面感情が乗っていない、つまり上っ面の言葉だ

私と深夜と同じような態度の彼に興味が湧いた


「でもさ、今朝お前わざと僕の攻撃喰らったろ?あれなんでかなぁ?実力を隠すためかな?
ぞれって逆らう気満々ってことじゃないの?野心丸見えなんだけど?」

「…申し訳ありませんでした
家から柊家の方々からの怒りを買うな、と言われていたために波風が立たぬよう攻撃を受けたのは事実です…実力を隠したわけではありません」

「ふぅん、そっかー……なあグレン、つまんねぇ嘘吐かんすんじゃねぇよ」

「嘘では…」


いいや嘘だ、嘘を見抜く訓練は受けている


「ま、いいけどねー
でもせっかく仲間がいるなーって思って期待してたんだけどなぁ
僕もキミと同じで柊家が嫌いだから、一緒にこそこそ色々やれたら面白いなぁって思ってのに、ね?夜空」

「巻き込まないで」

「えー?」


柊家を敵に回せば下手すれば殺される

それをわかった上で堂々とこんな発言する深夜は怖いもの知らずだ


「ちなみに僕、柊の血は引いてないよ養子だから
子供の頃から柊に入るように育てられた、だから柊家が嫌い、つまりキミとは仲間だ」

「誤解です、私はそんな」

「ちなみに僕の許嫁は真昼ね、柊真昼
彼女の相手になるように僕は生まれた時から育てられた」


深夜は本当に性格が悪い

真昼の名を聞いた途端一瀬グレンの空気が変わった

案外彼も私と同じで感情が出やすい方かもしれない


「おっと、あっさり本性が出た…どう?悔しい?」

「なんのことでしょう」

「いやいや別にいいよ、今日すぐに君と友達になろうだなんて思ってないから」


明らかに先ほどよりも声が低くなった一瀬グレンはわかりやすい

深夜もわかってて敢えて煽っているので空気は最悪だ


「ちなみに真昼もこの学校に入ってるって知ってた?彼女は優秀だから新入生代表としてスピーチするらしいよ
すごいよねぇ、君の元彼女は」

「別に真昼様と私はそのような関係では」

「今は僕の許嫁だけどね」


二人があまりにも険悪すぎて呆れたため息を吐く

真昼を取り合うのなら他所でやってほしい


「どう?悔しい?」

「別に」

「はは、その顔!もう野心を全然隠せてないよ、だから仲良くやろうぜ?
言っとくけど僕そんなに真昼と仲良くないから安心してよ
柊の名前をもらってもしょせんは養子、しょせんは下賎なクズの出
本家の中で受けている扱いは、今キミがここで受けているものと一緒だよ
もちろんムカツクから全部壊してやろうと思ってるけど」


自分を両親から引き剥がした柊家に対する怒りはよくわかる

普通に生きて幸せだったのに無理やり生き方を決められたんだから

私も正直柊家は壊れてしまえばいいという思いはあるので二人には是非頑張ってもらいたい


「…ちっ、ペラペラおしゃべりな野郎だな
俺の目的はお前とは違う、お前が何をしたいかは知らないが俺を巻き込むな」


深夜相手に猫をかぶるのをやめたのか、一瀬グレンが口調を崩した

変な敬語よりこちらの方がずっと彼にしっくりくる

想像よりもずっと口が悪くてびっくりした


「あ、もう敬語やめるんだ」

「うるさい」

「じゃ友達?友達になる?」

「うるせぇって言ってんだよ」

「あはは、まあいいけどね
どうせ君にはここでは僕くらいしか仲間はいないんだ、だから仲良くなるしかないしねぇ」


一瀬家というだけで迫害されるこの学校では全員が敵

そんな彼に寄り添おうとする深夜だが、相手はハリネズミのように刺々しいのだ

一筋縄ではいかない


「では入学式の時間です、みなさん行きましょうか」

「じゃ、行こうか、僕ら共通の女神様のスピーチを聞きにさ」


教師の言葉を聞いて立ち上がるとすぐに葵がこちらに寄ってこようとしたのでそっと制した

深夜と同じクラスの時点である程度覚悟していたけれどしばらくは葵は暮人に集中してもらった方がいいかもしれない

万が一後ろ二人と同類だと思われたら首が飛ぶ


「さあ行こうぜグレン」

「俺に近づくな」

「はは」


深夜が差し出した手をパンッと弾いた一瀬グレンを見て少し笑ってしまった

真昼から聞いている一瀬グレンという存在に興味があるのは深夜だけじゃない

まあここまで積極的に関わるつもりもないけれど





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