01.そろそろ潮時かなぁ



パシャリ パシャリ
という音と共に一瞬明るくなる視界
角度を変えたり表情を変えたり、何か一つでも変わる度にパシャリとまた音が鳴る
何十回目かのシャッター音が耳に届く
撮られるのは嫌いじゃない
自分が認められている気がするから

「うん、ヒナちゃん流石だね」

カメラマンさんの表情からしてきっといい写真が撮れたんだろう
今回撮影したのは有名ファッション雑誌に載る分らしいからもっとかかると思ってたけど、そうでも無いらしい

街を歩いてた時にたまたまスカウトされてモデルの仕事を体験してみたら案外楽しくて少しハマった
さっきも言ったように撮られるのは嫌いじゃない
けれどモデルの仕事が好きかと聞かれるとそんなことはない
ニコニコし続けるのも表情筋使うし、いい写真が撮れないとかなり長時間ああでもないこうでもないってカメラマンさんのワガママに付き合うことになる
単なる暇つぶしでしかないモデルの仕事が最優先になるのが嫌で飽きたら辞めると決めていた

「(そろそろ潮時かなぁ)」

少し前までキラキラと輝いていたモデルの世界は今はモノクロにしか見えない
慣れって本当に怖いと思う
刺激が無くなるだけでこんなにも世界は変わって見えるんだから




モデルとして活動はしているけど普通に高校生なので平日は普通に学校
お母さんは小学生の頃に事故で他界しているのでうちはいわゆる父子家庭というやつだ
お父さんは単身赴任なので実質一人暮らしのようなもの
一人で食べる朝ごはんに慣れたのはいつだっただろう

ニュースでは芸能人の結婚がどうとか、政治家がどうとかそんな話ばかりでくだらない
家を出る前にお母さんの仏壇に手を合わせてから学校へ向かう
ご近所さんに挨拶をし、ゴミを出してからイヤホンを耳につけてぼんやりと歩く

「(いつも通りの風景)」

代わり映えのない日々は退屈だ
相変わらずの春空も、春特有の浮き立つこの空気にも何一つ心が動かない
きっと私の世界から色が消えたのはお母さんが亡くなったあの瞬間からだろう

いつも優しくて美人で、それでいて強く真っ直ぐだったお母さんは自慢だった
お父さんもお母さんが大好きで二人で取り合ったこともある
これからもずっとお母さんが傍にいてくれる、そう思っていたのにある日の授業中に先生に職員室に呼ばれて聞かされたのはお母さんがトラックに跳ねられたというもの
朝家を出る時に笑顔で見送ってくれたお母さんが跳ねられたと聞いて理解が追いつかなかった
何を言われているのかもわからないまま迎えにきた叔父さんに連れられ、病院の安置所に横たわる白い布をかけられたお母さんと咽び泣くお父さんを見たあの瞬間から世界はモノクロになった

私が中学に上がると同時にお父さんの単身赴任が決まった、しかも海外
役職が上がったことで引っ張りだこらしい、いいことだと思うし私を育てるために必死に働いてくれてる姿を見てきたから評価されていることが嬉しかった

一人で暮らし始めて少しした頃、当時の友達に「可哀想」と言われたことがある
お母さんを亡くし、お父さんとも離れ一人ぼっちの私を同情するあの子の顔が、声が気持ち悪くて仕方がない
可哀想なんかじゃない、お母さんは死にたくて死んだんじゃない、お父さんは行きたくて単身赴任しているんじゃない
何も知らないくせに二人を悪者みたいに扱わないで
気が付けば私は他人との間に壁を作るようになっていた







「おっはよー!ヒナ!」

衝撃と共に声をかけられたことでハッと意識を戻せばもうそこは下駄箱
トリップしていたから気がつかなかったけれどちゃんと靴も履き替えている辺り体はちゃんと覚えているようで少し感心する

「おはよ、二人とも」

背後から抱きついている友達の実里をほどいて振り返ればその傍には紬もいる
実里は中学からの同級生で何というかスキンシップの多い子
けど私が壁を張ってることにも気がついててそれでも一緒にいてくれるから居心地がいい
金髪ギャルということもあり周りから怖がられてもいるけど心優しい友だち
紬は高校から一緒になったけれど、この子も実里同様に適度な距離感でいられるから好き
黒髪姫カットの可愛い系の見た目だけど大学生彼氏一筋なので他の男の子は眼中にないらしい

「あれ、紬メイク変えた?」

「あ、わかるー?智くんがプレゼントしてくれたんだあ♥」

カバンからメイク小物の入ったポーチを出して見せてくれたのはデパコスでも人気なところのファンデーションとグロス
そっか、この前誕生日だったよなと納得しつつ「似合ってるね」と褒めれば嬉しそうにはにかむ

「てかヒナ、昨日撮影だったんでしょ?どうだった?」

「どうって、別にいつも通り、普通だよ」

「ウケる、相変わらずドライだよね」

高校はごく普通の公立
成績も良くなければ悪くもないごく普通の学校
家から近いってだけで選んだけれど、比較的話の合う子は多い
モデルだからといって贔屓目してくる人もいるけど、そういう人とは極力関わらない
ステータスで寄ってくる人は心底どうでもいい

「そーだ!この前発売のコスメ見た?」

「見た見たあ、チークまじで可愛いよねえ」

女の子らしい化粧品の話
実里も紬も流行には敏感だからこういう話はよく出る
私も嫌いじゃない、可愛くなるのはいい事だしコスメはコロコロ新しいのを出すから飽きない

「コスメといえばインスタで見つけたんだけど、これまじやばくない?」

「何、見せて見せて」

流行りの動画やSNSの話題も嫌いじゃない
これも常に新しい物がどんどん出てくるから飽きない

「(嫌いじゃない…でもそれだけ)」

どれもこれもただそれだけ
欲しくてたまらない物もないし、どうせどれも人生かけてハマれるようなものじゃない
時が経てば飽きるだろうし、そうなったらそれまでの時間は無駄になる
熱を持って取り組めば取り組むほど後で来る虚無感が凄まじい
だから私は最初からどれもほどほどにしかやらない
好きにならないほどほどの距離感
友達も趣味も勉強も全部ほどほど
こんな姿を見たらお母さんは何て言うだろう、怒るかな?

「(もう一度会えるなら怒られてもいっか)」

お母さんは昔から「陽菜の将来の夢は何?」と尋ねる人だった
幼稚園の頃はお嫁さん、小学生の頃は花屋さんと答えた気がする
中学に上がった頃には夢なんて、思い描いたって明日生きている保証もないのに一生懸命になるだけ無駄とさえ感じ、いつしか何にも熱中できなくなっていた
このモノクロの世界でやりたいことなんて一生見つかる気がしない

そう思っていた高校二年生の4月





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