恋愛初心者な二人



「八虎くん、そういえば制服ってまだある?」

デート中、ふと思い出したようにそう言った私に八虎くんはきょとんとした

「え?あ、うん」

「あの、第二ボタン…下さい」

その言葉に真っ赤になった八虎くん、可愛い
卒業式に一緒に出れなかったけど、もしかすると八虎くんの第二ボタンほしさに女の子が殺到してたかもしれないと思うと悪いことばかりでは無いかもしれない

「…ならウチ来る?」

「え」






その流れで来てしまいました矢口家

「(えーっ!?何でこんなことに…!!?)」

「親いないからそんな緊張しなくて大丈夫だよ」

「あ、うん…」

ご両親は仕事、パートに出ていて不在とのこと
なるほど

「(えっ!不在!!!?)」

もうかなり挙動不審な私はぎこちない動きで八虎くんの部屋に通してもらった
物が少なめのシンプルな部屋
けれど本棚には絵についての本がたくさん並んでて八虎くんの部屋だと実感する

「テキトーに座ってて、お茶でいい?」

「あ、お構いなく」

「構わせて」

ニッと笑って部屋を出て行ってしまった八虎くんは全然気にしてない様子
落ち着かなくてそわそわしていると、部屋の壁に貼られている一枚の絵

「(まるちゃんの絵だ!)」

見覚えのある天使の絵に頬が緩んで立ち上がりその絵をまじまじと見つめる
色がついてなくてもまるちゃんの絵はとっても綺麗で見てるだけで嬉しくなる

「好きだね、森先輩の絵」

「わっ!びっくりした」

いつの間に帰ってきてたのか、にこにこしてる八虎くん
はい、とお茶の入ったコップを手渡されたので受け取る
床に座ろうとしたら制されて椅子に座らされた
でもそしたら八虎くんはどこに…と困惑していると、八虎くんはベッドに腰掛ける
なるほど、今まであんまり人の家に行ったことのない私からすればこういうのは新鮮だったりする
実里や紬と家で遊ぶ時も基本ウチのリビングを使ってたし

「あ、そーだ第二ボタンだっけ?」

そう言って八虎くんはクローゼットを開けて高校の制服を出してきた
学校指定の学ランに八虎くんのトレードマークのネクタイ
でもそっか、もう八虎くんの制服姿を見ることはないんだと思うと少し寂しい
卒業式も八虎くんとは写真を撮れてないし

「今度制服デートしたい」

「え」

「八虎くんと制服デートしたい!」

「あの、陽菜ちゃん…?」

困惑する八虎くんに写真を撮りたいことを伝えれば納得してくれたようで、第二ボタンはその時までお預けという形になった

「八虎くん、それってスケッチブック?」

「あ、うん」

藝大に入る、その実感が持てないと本音を溢していた八虎くんは毎日デッサンしているらしい
きっとそれがそのスケッチブックだろう

「見ても良い?」

「けどいつもの絵と違うし…」

「八虎くんが描いたものなら何でも見たいよ、私」

色がついてようがいまいが関係ない
私は八虎くんが描いた絵が見たい、ただそれだけ
少し黙り込んだ八虎くんはスケッチブックを渡してくれた

開いてみるとリンゴや時計、食器に植物というような家の中にあるものがたくさん描かれている

「すごい、これとか濃淡がいいね」

「え、わかる?!」

「うん、あとこっちは立体感がすごく出てる!本物みたい」

八虎くんやっぱり絵が上手だなあと感心していると、八虎くんが一枚の絵を渡してきた

「これ…」

それは私が描いた八虎くんの絵

「俺いつも陽菜ちゃんの絵に元気もらってるんだ」

「えっ?」

「陽菜ちゃん好きだよ」

付き合えてからは毎日好きと伝えている
けれど先を越されたのは今日が初めてで恥ずかしくなってしまう
だめ、今絶対顔赤い

「ね、真っ赤だけど」

そう言って私の頬に手を添えた八虎くん
キスされる、そう思って目を閉じるけど一向に感触がないので目を開いた
そこには私の顔を見て満足げに微笑む姿

「…なんでそんな意地悪するの」

「ごめんごめん(キス顔可愛い)」

今度こそ唇が重なる
八虎くんの唇は少しかさついていて、でもとても温かい
離れていくのが寂しくて物足りなくて、今度は私から身を乗り出してキスをした
あまりにも勢いをつけすぎて二人してベッドに倒れ込む

「びっ、くりした…!」

「ご、ごめんね!」

頭打ってない?と心配して八虎くんに目を向けハッとした
まるで押し倒すような格好の自分たち
八虎くんが私のベッドで横たわっているその光景にごくりと息を飲む
前に八虎くんにSだねと言われたことがあるけど、案外当たってるかもしれない
だって私、この無防備な八虎くんを見てちょっと加虐心が湧いちゃってるんだもん

「八虎くんって今まで付き合ったことある?」

「な、無いけど」

「私も八虎くんが初めて」

「陽菜ちゃん…?」

そっか、初めてなんだ
手を繋ぐのも、キスをするのも、八虎くんのこんな可愛い顔が見れるのも私だけ

「ね、もっとキスしていい?」

「えっ、そういうのって俺が」

「駄目、私の番」

反論しようとした八虎くんの口を塞いでさっきよりも濃厚なキスをする
舌を絡ませずっとずっと深く甘美なそれは苦しくて愛おしい
驚いていた八虎くんも次第に慣れてきたのか、いつの間にか私の方が受け身になってた

「ん、はっ…やと…ら…くん」

「今度は俺の番」

そう言って舌舐めずりした八虎くんはいつもみたいに可愛い顔じゃなくて、獣のようなギラギラした目に大人っぽい表情
余裕そうな顔も好きだけど、余裕のないこの顔の方が好きだ
八虎くんは「俺陽菜ちゃんが思ってる以上に好きだと思う」とか言うけどそれは私も同じ

八虎くんが思ってるような良い子じゃないよ、私
今もキミに食べられるなら良いかなって思ってるもん
けどきっとキミのことだから付き合ってすぐは…とか思ってるんだろうね

妙に真面目な彼が可愛くてまだ不器用なキスを受け入れた




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