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藝大の合格発表
掲示板に貼り出された番号の中に俺の番号を見つけた時に頭が真っ白になった

正直実感はない、けれど受かった

世田介くんと別れてから予備校に向かう
その途中で兎原さんに電話した

《もしもし》

少し緊張したような声
久々に聞いた兎原さんの声に口元が緩みそうになる

「お…俺、藝大受かった…っぽい」

《…っぽい?》

「あ…いや、受かってた」

少し間が空いて兎原さんが息を吐くのが聞こえた
息を止めていたのは俺だけじゃなかったらしい
一緒に戦ってくれてたんだなと改めて実感する

《そっか…おめでとう、本当におめでとう矢口くん!》

涙声の兎原さんに会いたくなった

「ありがとう、それで…今から予備校行ってその後部活の打ち上げ行くんだけどさ、打ち上げの後会えないかな」

《うん、会いたい》

兎原さんのその言葉に腹を括る
予備校に行ってそして部活の打ち上げにも参加して

時間は17時
兎原さんに連絡してどこにいるのか聞いてみれば意外と近くで
友達と遊んでたらしい兎原さんとはすぐに合流できた

「矢口くん!」

俺を見つけるなり笑顔で駆け寄ってくる兎原さんは見慣れた制服
この格好を見るのも最後かと思うと名残惜しい

「おめでとう!」

「うん、ありがとう」

「これさっき買ったものなんだけど」

兎原さんがくれたのは群青色の絵具
きっと兎原さんからすれば難しかっただろうに、ちゃんといつも自分の使ってる画材と同じ種類のやつでびっくりする
でも何で群青?

「矢口くんの青い絵、私あの絵のおかげで変われたんだ」

早朝の渋谷
あの絵のおかげで俺もこの道を知った

「前にも言ったけど、矢口くんの絵が好き、絵を描く矢口くんが好き
…矢口八虎くんが好き」

兎原さんは赤い顔のまま俺をまっすぐに見つめそう告げる

「私の世界はモノクロで、それがあの絵で色づいたの
青色でもいっぱいあるからちょっと迷ったけど、何となくこの色が一番しっくりきて…って、あ!ごめんね、いらなかったら全然捨てていいから!!」

衝動的に買ったんだろう
ハッとした兎原さんが慌ててる
でもこれを買おうと思ってくれたこと、俺の絵を覚えててくれたこと
好きって言ってくれたこと、応援してくれたこと
全部が心の底から嬉しい

「ありがとう…っ」

「や、矢口くん?」

泣きそうになって思わず兎原さんを抱きしめた
俺よりちょっと低い身長、でもずっと細いその体は強く抱きしめると壊れそうで不安になる

「俺と付き合ってください」

腕の中の兎原さんが少し跳ねた気がした
そして聞こえた「私でよければ」という言葉

俺はきっとこの先の人生で今日のことを一生忘れない
それだけ幸せな日だった








数日後



美術室で自分の絵と向き合う
受験の絵を再現するよう予備校で言われたから急遽美術室を借りて描いてるんだけどなかなか受験の時のやつを再現できない

「予備校もいろいろ考えますねえ」

「すみません美術室開けてもらっちゃって」

「いえ、他の用事もあったので…良い絵ですね」

褒められて少しの嬉しさと思ってたものを再現できてない悔しさが募る

「いやーほんとはもっと描けたんすよ…でもやっぱ試験の時みたいな集中力は出ないっすね」

「ふふふ、楽しみですね大学生活」

「…今は何とも言えないかも、なんか…うまく気持ちが消化し切れてなくて」

「あら、でも可愛い彼女が出来て楽しみでしょ♥」

びっくりして手が止まる
佐伯先生はいつものように笑ってるけど正直今むちゃくちゃ居心地が悪い

「…なんで知ってんすか」

「女の勘です」

いつから俺が好きだってバレてたんだろうと考えゾッとする
もうこの話は墓穴を掘る気しかしなくて話題を変えることにした

「…そういえば他に用事って何だったんで「あー!!!!矢口来てたなら声かけろよ!」

「げ」

美術室に乗り込んできたのは担任だった先生
悪い人じゃないんだけど少々しつこいんだよなあ
あとシンプルに話が通じない

「卒業証書もらってねーだろ今とりにこい!
つかお前受かったんだって?まーやる奴だとは思ってたけどよ、恩師に一言も…」

「すみません行ってきまーす」

「はあい」

担任の先生の小言をもらいながら職員室に向かい卒業証書を受け取る
そっか、俺卒業式出てなかったわと今更思い出し苦笑い
案外すんなり解放してくれたので美術室に戻るため階段を上る
するとパタパタという階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきたので顔を上げる
するとそこには焦げ茶色の髪をなびかせる彼女の姿

「え…陽菜ちゃん…!?」

「いた!」

何でここに!?と驚く俺を見て嬉しそうに顔を綻ばせた陽菜ちゃんは駆け寄ってきて俺の両手を握った

「私八虎くんの絵好きだよ!」

待っていきなり何これ
春休み中だし生徒はいないけど流石に学校では照れくさい

「あ…もしかして美術室のやつ見た?」

「うん、まるちゃんと来「森先輩!?」

久々の森先輩に目を輝かせてた俺を見て少しむっとした陽菜ちゃんは握っていた手を引いた
バランスを崩した俺が前のめりになったのを見て陽菜ちゃんがキスをした
付き合った日の帰りに1回してるから2回目のそれ

「まるちゃんばっかじゃなくて私も見てよ、キミの彼女は私でしょ?」

嫉妬してる陽菜ちゃんに顔が赤くなる
そんな俺を見て陽菜ちゃんは笑ってた

「あはは、八虎くん見た目のわりには初心だね」

「っ…そういう陽菜ちゃんも顔赤いけど?」

「えっ」

咄嗟に頬を押さえた陽菜ちゃんに少しの対抗心が湧く
頬を押さえたままのその両腕を掴んでキスをした
多分俺も陽菜ちゃんも恋愛初心者、ぎこちないキスだけど離れてみれば二人とも同じくらい真っ赤だ

「好きだよ」

「…私も、好き」

こんな俺を好きと言ってくれる陽菜ちゃん
ずっと応援してくれたキミを今度は俺が支えたい
これから先何があるかわからないけど、きっと俺はこの手を離さないだろう
ただ漠然と、けれど確かにそう思った




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