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龍二の家の話を聞いた
俺が思ってるよりもやばそうな家でずっと苦しんでたと知って、みんなそれぞれ壁は持ってるんだなと思う
俺や兎原さんだけじゃない、人は何かを隠して生きてるんだろう
そして藝大の二次初日
俺は見事に熱を出した
それを取り返すように二日目、三日目午前中を追い込んで描き上げていく
あとは午後の数時間のみ
ずっと俺が凡人だから、自分に自信がないから努力して戦略練ってやんなきゃって思ってた
でもコンプレックスの裏返しじゃなくって”努力と戦略”は俺の武器だと思ってもいいの?
ずっと自信がなかった、今でもない
俺だって自分の絵がこの世の誰より優れてるなんて思ってない、俺より上手い人なんかいっくらでもいる
でも
でもさ
この世界の誰より俺は俺の絵に期待してる
「(はは…俺って結構おしゃべりじゃん)」
スケッチブックに絵を描くまでにいたった過程や構図、そこに含める意図などを書き込めば書き込むほど涙が溢れてくる
絵を描くようになってから知らない自分がどんどん溢れ出す
そっか、自信はないけど同時にとっても傲慢だった
戦略的にやれば上手くやれてるって思ってる
でも絵を描く前はそんなことすら気づけなかった
“情けない裸”ですらなかったんだ
「(絵を描くまで俺ずっと”透明”だった)」
描き上がった絵
俺の全てを注いだ絵
藝大の試験が全て終わった
合格発表は卒業式と被ってるので残念ながら卒業式には出られない
つまり兎原さんとも会う機会がないわけで…
「それで落ち込んでるんだ」
「刺しに来んな」
にこにこしてる龍二が今すごく腹立たしい
今日は美術室の掃除の日
登校日ではないので勿論兎原さんはいない
「ヒナちゃんに告って返事もらい忘れたとか君らしいね」
「だから刺すなっての!!」
ほんとこいつは人の気も知らねーで!と思うけど掃除を再開する
と、その時佐伯先生がにっこり微笑んだ
「矢口さん、試験はどうでした?」
それを聞いて一度息を飲む
それまで普通そうに見せていた自分を消して素の表情になった
「後悔はないですよ、反省は死ぬほどあるけど」
「謙遜ですか?」
「いやマジですね、俺1日目に体調崩してほとんど描けなかったんすよ
それだけで他の人より不利だし、でもそれよりスケッチブックもうちょっと慎重にやればよかったんじゃなかったか、とか
絵の方もああいう攻め方もあったかもなとか…でもまあしょうがないすよね、本番で実力出し切れないとこまでが実力なんで」
「…それを聞いて安心しました」
そう、試験のことを後悔してるわけじゃない
かといって納得してるわけでもない、もっと後ろ向き
もう俺にできることがない、それだけだ
ただ、宙ぶらりんだ
発表までの期間、ベッドで仰向けになっては天井を眺める日々
明日は卒業式だ
浪人生活ってどんな感じなんだろうな…藝大一本に絞ったのは自分だからわかってたはずじゃん、覚悟してたはずじゃん最初から…
と、その時揺れるスマホ
「はい、もし《とらもーーーん!明日の髪型どーしたらいいと思う?》
「……歌島くん」
なんでこうしんみりしてる時にぶった切ってくるんだこいつは
《卒業式じゃん写真撮るじゃん、やっぱスジ盛り決めちゃおっかなー》
「ひよんなよモヒカン一択だろ」
《おい!!》
いい意味で空気を読まない歌島に口角が上がる
「なあ、歌島は浪人中バイトとかすんの?」
あれ、俺何聞いてんだろ
《いや、てか浪人しないよ俺》
「えっ!?」
《いや大学落ちてわかったけど俺別に大学行きたくないわ、かといってやりたいこともないんだけどーつって、カフェ店員でもやろっかなー》
みんな大学に行くか浪人するかの二択
それが当たり前だった
歌島と話してるとこのどうしようもないもやもやした気持ちが晴れていく感覚がして変な気分になる
「超ふわっとしてんなーお前」
《でしょ、それが俺のいいとこだからね》
「ほんとそうだわ」
そうだ、明日には結果が出る
どっちになってもそん時に考えよう
そう思い目を伏せた
《あ、そーだ八虎さあ俺に言ってないことあんでしょ》
「え?」
何のことか分からなくて考える
歌島に言ってないこと?
《ヒナちゃんに告ったんだって?》
「ちょ!なっ!!?」
びっくりして思わず変な声が出た
てか、歌島が何で知ってんの?!
そーいえばこの前恋ちゃんにも兎原さんのこと好きってバレてたし
《いやあ、この前恋ちゃんが同じ専門にヒナちゃんがいるって言うからLINEしてさー》
「お前…兎原さんとLINEしてんの?」
《まあね》
何それ羨ましい
俺はほとんどLINE出来てないのにまじかよ
最後のやりとりは一次に受かった時の報告だけ
いや、そりゃ送ったら返ってくるんだろうけどさ、試験が終わるまで全力だったというか
《んで、そん時カマかけてみたら大当たり♥
八虎ずっとヒナちゃんのこと意識してたしもしかしてーって思ったんだよ》
楽しそうに笑ってるけど歌島は兎原さんのこと好きだったはずだと思い出し焦りが生まれた
「ご…ごめん、お前が兎原さんのこと好きって知ってたのに」
静寂
歌島に何て言われんだろうと次の言葉を待つ
《…え、俺別にヒナちゃんのこと恋愛対象として見てないけど》
「え」
《まあそりゃ彼女があんな可愛かったら嬉しいけどさ、なんつーか理想的な?
俺は俺のこと好きーって言ってくれる子がタイプ♥》
何だそれ
え?じゃあ俺が一人で思い込んでただけってこと?
「そっ…か」
《だからさ、受験の結果がどっちでもちゃんとヒナちゃんに返事もらえよ》
「…ん、サンキュ」
俺本当に支えられてばっかだなと手で顔を覆う
明日結果が出たら兎原さんに連絡しよう
どっちの結果でも絶対に
もう逃げるのは止めだ