7



藝大の一次に合格した
正直手応えはあった方だと思う
これで二次に進める、油画だ
そう思ってたのに画材屋であった龍二が「アタシは美大にいかないことにしたから」なんて言うから正直動揺してる

でも龍二もちゃんと選んでそう決めたならいい
そう思ってたのに日本画コースの人から聞いたのは藝大の一次試験を自分で棄権したということ

帰り道思わず龍二に電話をする
俺にとって龍二は悪友
正直仲がいいわけでもないのにどうしても放っておけない

そんな俺に龍二は言った《会いに来てよ、今から》と

「いっ……今からは無理だけど…」

《だよねーっ!店の売り上げに貢献してもらおうと思ったんだけどダメかー!》

「てっ……テメーッ!!!」

こっちが心配してんのに何だと思うが龍二の声色が変わった

《でもそういうとこだよ八虎
君は溺れてる人がいたら救命道具は持ってきても海に飛び込むことはしない
裸で泣いてる人がいたら服をかけて話を聞くことはあっても自分も脱ぐことは絶対にない
教えてやるよ、冷静なんだ君は、正しいよ、正しいから優秀なのさ
君はいつだって優秀だ…でもさ…っ…正しい場所からしか話せないならアタシがお前に話すことは何もないね…っ!!

受験頑張ってね、おやすみ》

切られた電話
え?何?何だこれ?

呆然としながら家に帰って翌日予備校に行く
けどぼーっとしてるせいで上手く頭が働かない

あー、引きずってんだよなこれは…クッソ…
何なんだよマジで、お前一人称「俺」だっただろ!
つか試験前にひでえこと言うよなあ

電話しなきゃよかったと後悔しつつも受験は迫ってくる
休憩中に橋田にも優等生と言われた
それでその意味を聞きたくて龍二に言われたことを話すと爆笑された
一体どこが面白いんだよと怒りそうになるけど我慢する

「いやでも納得できないんだけど、救命道具持ってくる方が絶対いいでしょ」

「そりゃそうや、でも溺れてるときの息苦しさとか海の暗さは溺れた人同士でしか共有できへんやん、その人と話したかったら八虎も飛び込むしかないんやで」

衝撃

なんだよそれ、あいつのために全部犠牲にしろって?
ていうか俺にそういうこと言うやつだっけ?
らしくねーよ試験中に×つけたりさ、喋り方変わったりさ

何なの?つか俺もなんでこんなこと気にしてるわけ?
集中できねーじゃん
ああもう…頼むから集中させてくれ…!

その時ふと我に返る
もし俺が兎原さんと同じ壁をつくるようなやつじゃなかったら彼女のことをちゃんと理解できただろうか、と
逆もそうだ、兎原さんが同じタイプじゃなけりゃ俺は好きになっただろうか、と




その日の帰り、俺は龍二に電話した

《何?話すことないって言ったはずだけど》

「何その声、泣いてんの?」

《……どうかな》

おそらく泣いているんだろう
前に一度美術室で相当やばそうな姿は見たことある
ゴミ箱になると言ったのも俺だ

「今どこ?」

《さあどこだろう…会いに来る気?らしくないね明後日だろ試験》

「そうだよ、お前のこと気にしながら試験したくねーの」

《何だよそれ…ひどいなあ一方的に電話しておいてさ》

「お前のために会いたいっつー方がよっぽどらしくないだろ?」

俺だって集中したい
でもそのためにはお前と話さなきゃいけないんだ

「なあ、俺はさ、誰かが溺れても救命道具持っていくよ、だって飛び込んだら一緒に溺れるかもしんねーだろ
でもそうしないとどうしようもないなら飛び込むしかないだろ、今どこ?」

ほんとらしくない

待ち合わせたのは駅のホーム
龍二は部屋着にコートという格好で来た
向こうの別路線のホームには一両の電車が停まってる

「どこ行く?ビゲズトバーガーなら11時まで開いて…」

「八虎、今日は俺家に帰らない」

「…あ、そう」

「八虎、飛び込むしかないなら本当に飛び込める?」

「どういう意味?」

向こう側の電車が出発し、俺たちがいるホームに電車が入ってきた

「溺れに行かない?海に」

電車をバックにそう言う龍二
つまり海に行くと、そういうことだろう
しかも龍二は帰らないと言った

「…俺は溺れないよ、溺れないよう泳ぐから」

そう言って電車に乗り込む俺を見て驚いてる龍二
何でお前が驚いてんの?行こうって言ったのそっちじゃん

「明日の昼に帰って来れればあと一枚描ける、それまでには帰る
…何?乗らないの?」

驚いたままの龍二はそっと電車に乗り込む
動き出した電車、その中で俺を見て呆然としている龍二
我ながら何してんだって思うけど仕方ねーよ
まさかそんな俺たちの様子を兎原さんが見てたなんて知らず、やってきたのは小田原

「さんっむ!!」

「肌でてるとこが風吹くたびにどうにかなりそうだ…早くどこか入ろう」

「…は?泊まるとこ考えてないの?」

「ネカフェでよくない?」

「明後日の試験体持たねーわ!!!」

風邪とかほんと洒落にならないからできればちゃんと休めるところがいい

「…でもこの時間チェックインできるとこって」

そう言って龍二が指差したのはラブホ

「いやいやいや!!!」

「八虎って案外初心だなあ」

「お前とはなんか嫌なの!」

「ヒナちゃんとなら?」

そう言われて一瞬想像してしまった
ラブホのベッドの上で俺を見上げ横たわる兎原さんを
秒で真っ赤になる顔を見た龍二がにんまりと笑うから苛立つ
でも兎原さんが彼女だったらそういうことも全然あり得るわけで
なんつーか…今になって告白の返事聞いてないことをめちゃくちゃ後悔してる

「そんなに好きなのに何で告白しないのさ」

「……した」

「え」

「した…けど返事もらい忘れた」

それを聞いた龍二の顔は正直思い出したくないほど腹が立った




- ナノ -