甘いもの同盟



※未成年飲酒のくだりがあります




「陽菜ちゃん、ちょっと良い?」

春休み
八虎くんに連れられてやってきたのは純田くんの家
いつもの八虎くんグループに放り込まれた私は恋ケ窪くんと一緒に並んでキッチンに立っている

「(え?何?どういうこと??)」

何でキッチン?というか恋ケ窪くん何?
あと八虎くんたち3人も心配そうにこっち見てるし、え??

困惑してる私
恋ケ窪くんはひょいひょいとビニール袋から食材を取り出していく
これは…

「アップルパイ?」

「わかるか?」

「うん、作るの?」

「兎原さんが製菓教室通ってるって聞いて、良かったら教えてくれねーか?」

その言葉に目を丸くして驚いた
確かに製菓教室には通ってた
けどもう卒業してるし、それに作ったのは和洋様々な菓子
正直恋ケ窪くんが思うほど上手くないし、何なら私の方が下手くそかもしれない

「じゃあ一緒に作ろっか」

それでも私は恋ケ窪くんの勇気を無下にはできなくてそう応えた





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「パイシートは生地がやわらかくなっちゃうからギリギリまで冷蔵庫に入れとこう」


「ね、こんな形もあるよ!どうしよっかー?」


「クリームチーズも入れてみる?味が変わって面白いかも!」




にこにこと恋ちゃんに話しかける陽菜ちゃん
そんな陽菜ちゃんに教わりながら一緒に作ってる恋ちゃん

「(え?すっげー羨ましい)」

「八虎はこっち手伝えー」

卒業して少し
ずーっと家で絵を描いてるのもあれなのでいつものメンバーで卒業祝いをすることにした

昨晩いつものスポーツバーで飲んでからいつものように純田の家へって思ってたけど、その時恋ちゃんが急に陽菜ちゃんも呼びたいって言うからびっくりした

いやまあ付き合ってることは報告したし、多分陽菜ちゃんも全然来るタイプだと思う
でも何で?と思ってると、どうも陽菜ちゃんにお菓子作りを教わりたいらしい
確かに思い返せば陽菜ちゃんが製菓専門学校に行くって噂が流れた時に恋ちゃんが反応してた気がする

「八虎、お前あんな美人と本当に付き合ってんだな」

「冗談だと思ってた?」

純田がやけに落ち着かない様子で面白い
自分家に陽菜ちゃんがいて、しかもキッチンに立ってるんだから無理もないけど

もし俺の家だったらどうだろう
母さんはきっと陽菜ちゃんを気に入るだろうな、父さんはびっくりして後で「お前どうやってあんな子と付き合った?!」とか問い詰めてきそうだし
でも母さんと陽菜ちゃんが一緒にキッチンで料理してたら…それは悪くない気がする

「なあ、陽菜ちゃんって飲酒OKなの?」

歌島のその一言にハッとする
スポーツバーではなく純田の家で行うことになった卒業祝い
せっかくだし色々買って行こーぜと食べ物や飲み物は用意してる
けどその中にはお酒もあるわけで、サアッと青ざめる

「確認してなかった…!!!」

「「マジ?」」

俺らが飲酒してるのは知ってんだろーけど、この場で飲んでることに抵抗があったりしたら流石にまずい
せっかく来たんだから陽菜ちゃんにも楽しんでほしいし

チラッとキッチンを覗けば、陽菜ちゃんと目が合ってにっこりと微笑まれる
可愛い、本当に可愛い
今でもたまに陽菜ちゃんが彼女なんて夢なんじゃないかと思うくらいには浮かれてる

「八虎くんどうしたの?」

恋ちゃんに任せてこっちに近づいてきた陽菜ちゃん
最初こそびっくりしてたようだけどやっぱり好きなことをやってると打ち解けたんだろう、恋ちゃんとも楽しそうにしてくれていて嬉しい

「あのさ、嫌だったら全然言ってほしいんだけど
陽菜ちゃんって飲酒OKな人…?」

ぽかんとした顔になる陽菜ちゃんにかなりの罪悪感が生まれる
いやそもそも未成年の飲酒は法律で罰せられるからよくないんだけどさ!

「あはは、大丈夫だよ
でも内緒だからね?」

人差し指を口元に当ててはにかむ陽菜ちゃんに衝撃が走った
恋ちゃんがいなかったら今絶対抱きしめてたと思う
出会って最初こそクールな印象だったのに日に日に表情豊かになる陽菜ちゃんはもうモノクロの世界なんかじゃないんだろうなって

“好き”を見つけていく彼女は本当に眩しい
藝大に受かっても実感を持てないまま過ごしてる俺とは大違いだ

「…八虎くん」

こそっと俺を呼んだ陽菜ちゃんは恋ちゃんや歌島たちが見ていないことを確認してそっと触れるだけのキスをした

「…っ」

「好き」

付き合ってから陽菜ちゃんは毎日「好き」と伝えてくる
それは全然慣れなくて、今も俺の顔は真っ赤なわけで…

「兎原さん、ちょっといいか?」

「うん、どうしたの?」

何事もなかったように恋ちゃんの元へ帰っていく陽菜ちゃん
付き合ってから振り回されっぱなしで赤い顔を押さえた







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「かんせーい!」

「「「おおー!」」」

出来上がったアップルパイを待っていた3人の前に並べると良い反応を返してくれた
恋ケ窪くんと一緒に作った自信作だ

「兎原さんありがとな」

「ううん、また何かあったらいつでも言ってね
一緒の学校なんだし」

「おう」

私は昼間部、恋ケ窪くんは夜間部だけれどきっと会うこともあるだろうから楽しみだ
事前に買ってくれていた食べ物や飲み物を見るとジャンキーなものが多くて男の子だなあと実感する
モデルを辞めてからはジャンキーなものを食べるようになったので全然問題はない

「「「「「卒業おめでとー!」」」」」

お酒はちょびっとだけ飲むことにしてあとはウーロン茶をもらうことにした
よく聞くけど世の中の大学生が飲み会で潰れるのは飲める量が分かってないのに周りと同じように飲むかららしい
私もそれがわかるまでは人前で飲むのはちょっと避けたい
もし醜態を晒すようなことになったら八虎くんに嫌われそうだし

チラッと八虎くんを見ると目が合う
何かを察したのか取り皿に色々載せてくれて手渡してくれた

「俺らあんまり取り皿とか使わないからさ、何か嫌なことあったら全然言って」

「そんなの気にしなくていいのに」

「ヒナちゃんみたいな華がここにいるだけで浄化されるねー♥」

「他人ん家を悪溜まりみたく言うんじゃねーよ」

歌島くんは相変わらず軽いし、純田くんの言う通り失礼
けど仲がいいのは羨ましい
きっとみんなは私が知らない八虎くんも知ってるんだろう

そう思い紙コップに入ったジュースに口をつけてびっくりした
そっか、お酒だったんだ

「(こ、これがビール…)」

苦いとは聞いてたけど私はいける口らしい
飲めてしまうことがちょっと嬉しくて、つい二杯目も飲んでしまった




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