5



藝祭に行った時に世田介くんに言われた事が心にキてる
そのままの感情で描きあげた作品は好評だった
でもそれ以降なんと言うかまたモヤモヤにハマってて、どれだけやっても次々に新しい壁が立ちはだかる

そんな時、F100号を描くことになった
森先輩が描いていたのと同じあのサイズ
けど案を練り出しても全然思い浮かばない

そんな俺を見た龍二に連れられ武蔵野美術大学にやってきたんだけど、何故か兎原さんと二人でアトリエに向かうことに
龍二のやつ何のつもりだよと思うけど、兎原さんと大学を歩いているのはちょっとテンションが上がる

「(兎原さんは卒業したら専門…ってことはこうやって一緒にキャンパスを歩くなんて出来ないんだろうな)」

隣を歩く兎原さんは既に受験終了組
日に日に重たくなる空気のクラスに居づらそうだけどちゃんと来てるのは俺に会うため…とかだったら嬉しい

「あ、多分ここ」

204アトリエと書かれた部屋
事前に聞いていた森先輩のアトリエ

「失礼しま…」

足を踏み入れた瞬間、その絵の迫力に言葉が途切れた
仏像の手のようなものがたくさん描かれたそれ、てっきり天使の絵だと思ってたから疑問符が飛ぶ

「(仏像…?てっきり天使の絵だと思ってたわ…なんで仏像…)」

思い出したのは「祈りを込めて描いてる」という森先輩の言葉

「あ!」

なるほど、そういう事か!
森先輩は言いたいことは変えてない
手段を変えてたんだ

俺はずっと構図のことばっか考えてた
でもそれ違うじゃん、構図は言いたいことじゃなくて手段じゃん
俺はずーっと手段で手段の絵を描いてたのか…

「すげえキレイだ…」

やっぱり森先輩すげえ
俺はこの人に憧れて絵を始めたんだと初心に返る

もう次の瞬間には絵が描きたくて仕方がない
少し待ってみたけど森先輩は帰ってこないので置き手紙だけして龍二の元へ向かう

「ね、ほんとにまるちゃんに会わなくてよかったの?」

心配そうに声をかけてきた兎原さんにニッと笑って頷く

「兎原さんこそよかったの?」

「んー、まあ私は家近所だし普通に遊びに行くからね」

「そっか」

そう言えば幼馴染だったっけ
兎原さんの絵が上手かったのも森先輩の影響なんだとしたら俺達二人揃ってあの人に影響受けまくりだなと頬が緩んだ

「F100号…完成したら見せてね」

そう言った兎原さんがあまりにも綺麗に笑うから、嬉しくて愛しくて、完成した絵を見る彼女を想像して胸が膨らんだ



縁は俺の中で一つの形じゃない
糸みたいに繊細な縁もあれば刃物みたいに自分が傷つくこともある
自分の形が変わっていく、熱を持っていれば周囲の形も影響される
打たれるたびに強くなる

運命とか「縁」っていうより「関わり」って感じだけど…

でもこれが俺のリアリティだから
俺 俺にとって 俺にとって縁は金属みたいな形かもしれない

もはやよくわかんねーけど…これがいいのか悪いのか
でも少しだけ自分の絵に飲み込まれそうなソレを感じた気がした




絵が完成したのはそれから数日後
朝早く来て休憩中とかも使って本気で描きあげたそれは佐伯先生にも美術部の面々にも好評だった

兎原さんにも報告はしていたので放課後美術室にやってきた彼女にも見てもらう

「…どう、ですか」

やべぇ、緊張する
先生達に見せるのとは違う緊張
兎原さんは多分誰よりも俺の絵をちゃんと見てる
その上でこの絵を見てくれる

「ドキドキしてる」

「え」

「やばい、待って…これすごい」

蹲み込んで顔を押さえる兎原さんにびっくりして同じように蹲み込んで覗き込む
兎原さんの顔は真っ赤で若干涙すら滲んでるように見えた
たった一枚の絵
でもこれには沢山の葛藤があって、苦しくてもがいてもがいて、ようやく見つけたものを信じて描いたもの
それが伝わったような気がした

「見せてくれてありがとう」

兎原さんは絵のことは分からないと言う
けど目の前にいる兎原さんは間違いなく俺の絵に心を震わしてくれているし、そんな姿にジワジワと喜びが湧いてくるのも事実

「こちらこそありがとう」

ああ…俺好きだ、兎原さんが好きだ
もっと知りたい、触れたい
俺って結構欲張りなんだなと思い知る
恋愛って本当に不思議で苦しい





1月1日昼の12時を越した頃
走って走ってようやく到着した俺を兎原さんは笑顔で迎えてくれた

「ほんっとごめん!!!!!」

「全然大丈夫だよ」

クリスマスの日におもわず電話をかけてしまった勢いで初詣に誘い、獲得したこの時間
それなのに昨晩オールしたこともあって完全に寝坊した
純田の家でちょっと仮眠くらいのつもりだったのに爆睡してたし

時間見て慌てて出てく俺を不思議そうに見てたいつものメンバー
そりゃそうか、俺が兎原さんに告ったのをみんなは知らない

大幅に遅刻することもあって兎原さん帰ってるんじゃないかなんて思ってすぐ電話をかけたけど、なんと「カフェでお茶してるからゆっくり来てくれたんでいいよ」とのこと
兎原さんが優しい人でよかったと思った反面、本当に申し訳なくて自分のことを嫌いになりそうだ

「でも俺から誘ったのに」

「昨日歌島くんたちと年越ししてたんでしょ?」

「あー…いや、別の人」

まさか世田介くんと年越しするとは思ってなかったから俺自身まだびっくりしてる
でもまあ言いたいこと言えたし、世田介くんも俺のことを見てイライラしてくれてんのは嬉しい

兎原さんの私服を見るのは何気に初めてで新鮮だ
ニットのトップスに太ももが半分くらいまで隠れる長さのタイトスカート
コートを着てるから真正面から見た時の足の威力がすごい
タイツ履いてくれてて本当によかった

その後二人でお参りしてだらだらと話す
新年早々兎原さんと会えたことでちょっとハイになってるのが自分でもわかるけど引かれてないかな?

「おみくじ引く?」

「…矢口くん受験生でもそういうの気にしない人なんだね」

「あー、俺あんまり神様とか信じてないっていうか」

「さっきお参りしたのに…!?」

「あはは…」

正直初詣なんて兎原さんに会う口実
受験終わってるから気にしてるんだと思うけど、全然毎日だってLINEしたいし声も聞きたいのが本音
でも兎原さんのことだからそれで俺が藝大落ちたらきっと自分を責めるだろうし俺も絵に集中してる

「さっきすごい一生懸命何をお願いしてたの?」

お参りの時やけに祈りまくってた彼女に何気なく質問する
意外と欲多めなのかなと思ってると返ってきたのは「ほとんどが矢口くんのこと」という予想外すぎる答え
ふいうちすぎて油断してた俺はものの見事に赤面
それを見て兎原さんは楽しそうに笑ってる

「兎原さんってさ、結構Sだよね」

「そういう矢口くんはMだよね」

「え!?」

それは正直否めない
よく変わってるって言われるし、世田介くんにもキツいこと言われてんのに喜ぶのは変って言われたし
けど兎原さんの前ではかっこよくありたい俺としてはすげー不服なわけで、複雑すぎる

ただ、彼女の楽しそうな姿を見てるとそういうのは全部どうでも良くなってきて自然と笑顔になった

「…兎原さん、今日来てくれてありがとう
実はちょっと行き詰まっててさ…試行錯誤しながらもがいてて…兎原さんの顔見れてリフレッシュできたというか、すごいホッとした」

神様とか信じないけど、兎原さんに会わせてくれたことは感謝してる
本心を告げると兎原さんは照れたようで頬を押さえ俯いた

「って…あれ、もしかして照れてる?」

「…さっきの仕返し?」

「どうだろうね」

むっとしてこっちを見上げるその顔も好きだなとか浮かれ切った頭で考えてた




- ナノ -