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予備校帰りにぼーっと歩いてるとふと視線を感じて振り向く
そこにはまさかの兎原さん
何でここに?!とか驚きよりも、兎原さんに会えた事の喜びが勝るから俺も本当に重症だと思う
制服姿のところからして学校帰りそのままっぽい

「また夜遊び?」

「またって…矢口くんよりは遊んでないよ」

「ごめん、冗談」

頬を膨らませるその顔が可愛すぎて内心動揺しまくりだけど、普通に話せてる気がする

「製菓教室行ってたんだ、その帰り」

「へえー、そう言えば製菓専門学校行くんだって?」

「うん」

パティシエを目指してるとは風の噂で聞いてたから知ってるけど、製菓教室なんてあるんだな

「今日は何作ったの?」

「エクレアだよ」

「すっげー!あれって作れんだ」

「作れなかったら売られてないと思うよ」

クスクス笑う兎原さんの顔を見てやっぱり好きだなと胸が熱くなる
と、思い出すのは数ヶ月前の歌島との一件

「あの、さ…歌島と付き合って「ないから!もうほんとないから!!」

「あ、そうなんだ」

あまりにも食い気味だったのでびっくりした
というか兎原さんあんな大声出すことあるんだ
付き合ってないのは知ってたけど改めて兎原さんの口から聞けて安心する
ごめん歌島

安心したらまた別の疑問が湧いてきた

「…何で最近美術部来ないの?」

立ち止まった兎原さん
俺も同じように止まって振り返る

「ほら、矢口くんも予備校とかで忙しいのに邪魔したら悪いし」

「また来れる時来てよ、部活メンバーも喜ぶし」

違う、そうじゃないだろ俺
来て欲しいのは俺の個人的な感情だろ

「…矢口くん、予備校はどう?」

はぐらかされた
それにその顔は拒絶する時のやつだ
違う、その顔を見たいわけじゃないんだ
少し黙ってからまっすぐに兎原さんを見つめる

「ごめん、回りくどい言い方した…俺の絵、見に来てほしいんだけど」

ずっと言いたかった本音
それを聞いた兎原さんはしばらく黙り込んだ後で持っていた紙袋を差し出してきた

「これあげる」

「えっ?」

「また絵を見にいく、美術部にも顔を出す」

「あ…うん…??」

「それと…私、絵を描いてる時の矢口くん好きだよ」

ぶわっと顔が赤くなるのが分かった
言ってることを都合良く捉えてしまうのは恋愛感情のせいだろう
兎原さんは吹っ切れたような顔で俺を見て悪戯げに微笑んでいる

「か、からかってる…?!」

「はは、真っ赤!可愛いー」

「ちょ、兎原さん!?」

彼女の意図は分からない
それでもまた絵を見に来てくれる、それだけで心が満たされた気がした






東美の夏期講習で疲弊する中
久しぶりに来た美術室
今日は予備校が休みだったから来た

「あら、ユカさんと矢口さん」

「お久しぶりです」

「夏期講習の方はどうですか?」

「いやー、もうどん詰まりっす」

遠い目をする俺
龍二の方もぼちぼちらしい
浪人生と混じってみて分かった俺の実力
ほんっとトライアンドエラーだらけで不安になる

「あれ、先生これしまい忘れてません?」

「それはさっき完成した所なんで乾かしていたんですが、もう良さそうですね」

机に置かれた1枚の絵
それを見てギョッとする

「俺…?!」

抽象的に描かれてはいるが絵を描く自分の姿であろうその絵に驚いた
てゆーか上手いな、我ながら特徴を捉えててしかも構図がいい

「いい絵でしょう」

「上手ですね、誰の作品ですか?」

龍二も感心して絵を見ている
美術部の1年生だろうかと思った俺は佐伯先生の「兎原さんですよ」という言葉に硬直する

え、兎原さんてあの兎原さん?
何で兎原さんが絵描くの?てゆーか何で俺を

「ヒナちゃん絵描けるんだ!これテーマ何ですか?」

「"好きな景色"です」

「えっ」

それを聞いた龍二が固まったまま動かない俺を見る
きっと今の俺の顔は真っ赤で情けないんだろう

「ふふふ、青春ですねえ」

佐伯先生がそんなことを言うから龍二まで悪ノリしていじってくる
ああ、もう!何でこんな事に

もう一度絵を見れば、やっぱりその絵は凄い良くて、兎原さんの"好き"が伝わってくる

「…兎原さんって俺の事好きなんだね」

これで自惚れないやついんの?ってくらい込められた"好き"に心臓がバクバク言ってる
"好き"を模索中なんだと言っていた彼女が見つけたそれの中に自分がいるなんて奇跡みたいで信じられない

結局それからはずっと兎原さんの事を考えてた気がする
夏期講習はやっぱりキツかったけど、兎原さんの事を思うと頑張ろうって思えた





そしていよいよ夏休み明け、二学期
話しかけようと意気込んで来たのにいざ本人を前にするとビビって話しかけられない

どんどん時は過ぎ昼休み
兎原さんが龍二に呼ばれてどこかへ行くのが見えた
最初こそ特段気にしてなかったけど、思い出したのはあの絵のこと
そしてからかう龍二

嫌な予感がして美術室まで走る
途中先生に走るなって怒られたけど構わず走る

「そうだ、これ見た時の八虎の反応知りたくない?」

「え…」

「教えてあげよっか?」

龍二の声が聞こえてやっぱりな!と言う思いと他人に言われてたまるかという思いで美術室に飛び込み、兎原さんの腕を掴んで屋上に連れていった

馬鹿みたいに目立ってたし後で歌島辺りに問い詰められるだろーなと考えながら息を整える

「大丈夫?」

「う…うん、平気」

ゼーハー言ってる俺とは対照的に兎原さんはケロッとしていて、走るの得意なんだなと新しい発見をした

「そっか…にしても急に「兎原さん」

名前を呼べばびくっと肩を震わせた兎原さんが元々丸い目を更に丸くした

「絵見たよ」

「…あっ」

気まずそうに目を逸らすその姿に怖気づきそうになるけど、今ここで言わないのはダサすぎる
そう思いぐっと拳を握った

「知ってると思うけど、俺藝大目指してて…
予備校もなんかうまくいかないし、俺より上手い人だらけだし、その度に落ち込んで俺は凡人なんだって思い知らされるんだ」

「あの…?」

「でも兎原さんが俺の絵を見たいって言ってくれて、本当に嬉しくて…だからその…

俺、兎原さんのこと好きだ」

支離滅裂
けど言った、ちゃんと言った!
言えた勢いでそのままLINEを交換し、達成感に浸っていた俺は午後の授業中に違和感に気がついた

「(返事貰い忘れた…!!!!)」

どうして俺はいつもこうなんだろうと顔を押さえる
真剣に授業を受ける兎原さんを盗み見て酷い自己嫌悪に陥った




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