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「それで逃げてきたんだ」

「あの先生ほんっとしつこい…」

森先輩の合格発表の日
今日も兎原さんは美術部に来ていた
進路希望のことで先生ともめてるらしい
俺も親を説得できてないし同じようなもんだけど
それにしても、用紙を出したということはやりたい事が見つかったってことだよな?
前にやりたい事を探している最中と話していたので見つかったのならそれは俺も嬉しい

平然を装い絵を描きつつ、しっかり兎原さんと龍二の会話に耳を傾けてるせいで線が乱れる

「ヒナちゃんとユカちゃん並ぶと絵になるよねー」

「学校一の美女二人だもんね」

確かにそうだと思う
龍二は綺麗な顔してるし、男女問わず人気
兎原さんも最近結構感情を素直に出してる為か益々人気になってるとか
全部歌島情報だけど

「ゆ、ユカちゃん?」

「んー、ヒナちゃんいい匂い

龍二が兎原さんに抱きついてじゃれ合う
いや待って、こいつ男だよ?
咄嗟に引き剥がした俺を不機嫌そうに見返してくる龍二

「龍二、お前女装してたらなんでも許されると思うなよ」

「はあ?何なの八虎には関係なくない?」

「(関係ねえけど…)」

チラッと見た兎原さんは俺らの喧嘩を他所にスマホを弄ってるみたいで、ああ俺眼中にねーんだなって落ち込む

龍二と軽く言い合いをしてたら校内放送で暗めのクリスマスソングが流れてきた
ああ、そう言えばもうそんな時期か
クリスマスと言ってもやることがない

「ヒナちゃんはクリスマスどうするの?」

それは気になる
兎原さんみたいに可愛かったらクリスマスもなんかしら予定の1つや2つくらいあるんだろうなと相変わらず盗み聞き

「え、何も無いけど」

まじか

「待って、ヒナちゃん彼氏は?」

「いないよ」

「え、うそ…学校一の美女が非リア…??」

「何これドッキリ??」

え、兎原さん彼氏居ないってこと?
前に好きな人いるって告白断ってたからてっきり彼氏がいるんだとばかり思ってた
でもそうじゃないなら…俺にもまだ可能性はあるってことか?

夏休み明け一緒に帰ってから数ヶ月
俺の絵を見ては目を輝かせる兎原さんに心臓が早打つ
熱い、煩い、緊張する

「(好きって自覚してからほんとやばいな俺)」





東美の冬期講習でぼこぼこに落ち込んで数日後
俺は自分が凡人なんだと思い知らされたことで、天才以上に努力しなきゃとやる気を加速させていた

そんな中、昨晩母さんともめた
藝大に行きたい、それが母さんにとって地雷だったようで気づけばもう朝日は上っている
ほぼ寝ないまま登校してきた俺を見た純田たちは引いていた

流石にこのまま授業を受ける気にはなれないので一限は美術室で寝ることにする
この時間は授業入ってなかったはずだし
そう思ってたのにまさかの森先輩がやってきた、そして先輩のお願いということでお互いに絵をプレゼントするということに

「嬉しいなあ、可愛い後輩の卒業祝いー」

「プレッシャーやめてください」

「好きだったんだ、矢口くんの絵」

嬉しい
だって俺より何万倍も上手い先輩に褒められたら嬉しいだろ普通

「俺…先輩がいなかったら絵描いてないっすよたぶん、俺はそれくらい先輩の絵好きですけど…」

カタンと準備室の方で音が聞こえた気がしたけど絵を描き進める
先輩は言った、「期待している」と
その期待に応えたい、やっぱり藝大に行きたい

「あれ、もう一枚描くんですか?」

「うん、プレゼントしたい子がいるの」

「…もしかして兎原さん…ですか?」

目を丸くした森先輩が嬉しそうに微笑んだ

「そっか、矢口くんはヒナちゃんをちゃんと見てくれてるんだね」

どういう意味だろう
森先輩が嬉しそうだから悪い意味では無いよな?
と困惑していると、先輩は「ヒナちゃんのこと好きなんでしょ」と言う

「えっ」

「だって矢口くんヒナちゃんのことずっと目で追ってるもん」

「(うわぁーーー!何それはっず!!!)」

「ね、ヒナちゃんのどこが好きなの?」

「そ、れは…」

その後森先輩にからかわれ続け、チャイムが鳴ってようやく解放される
先輩にもらった絵を眺めながら教室へ戻る俺の足取りは軽かった
けれどその日以来兎原さんが美術部に顔を出すことはなくなった





三年になって俺は兎原さんと同じクラスになった
美術部に来ることのなくなっていた彼女は製菓専門学校に行くようで、ネイルもやめてなんと言うか近づきやすくなった気がする
ここぞとばかりに男子生徒が押し寄せるけど、それもにこやかに対応する兎原さんが人気になるのは当たり前だろう

「八虎ぁ、俺次サボるわー」

「へいへい」

ふらっと教室を出ていった歌島
上手く言い訳しとくかと思ったけど、前の席の歌島がいなくなったことで開けた視界
あれ?兎原さんもいない?
まあサボりたい時くらいあるよなと深く考えず授業を受ける

終わってからしばらくした頃、帰ってきた歌島が「やっちーんサンキュー」って絡みに来るから適当に返事を返す

「次移動だからはやく準備しろよ」

「はいはい…って、あ!」

歌島の目線の先には一足先に教室を出ようとしている兎原さん

「また一緒にサボろーね、ヒナちゃん♥」

「(え?)」

二人で一緒にサボってたってこと?
歌島が兎原さんのこと好きなのは知ってるけど、もしかして二人ってそういう関係?
驚いたまま兎原さんを見ればにっこりと笑っている
けどその笑い方は誤魔化すやつで、久しぶりに見たその顔に冷静さが戻ってくる

「何のこと?」

「えー?」

ぷいっと背を向け出ていってしまった兎原さんを追いかける友達
クラスメートもザワザワしてるけど何となく兎原さんが怒ってることを察した俺は歌島を横目で見る

「お前嫌われんぞ」

いつもの様にそう言ったのに歌島はこっちを見て少し黙ってからニヤニヤと笑う
何だその顔

「やっちん鈍いからなぁー」

やれやれという歌島に首を傾げる
それなりに勘はいい方だと思うけど何の話をしてるのかさっぱり分からない

それに予想通り兎原さんは怒っていたらしい
歌島が物の見事に空気のように扱われ2ヶ月が経つ頃には付き合ってるという噂は消滅した

「もう疲れたよ…」

久しぶりに美術部に顔を出した兎原さんは机に突っ伏して龍二と話し込んでいる
正直何の話をしてるのかは分からないけど兎原さんが来てくれたというだけでテンション上がる

三年に上がってからは東美もあるから全然話すタイミングがなかったし、今日は絵見てくれるかな?と期待して兎原さんに目を向けると目が合ってしまった
たった数秒、でも長く感じたその時間
兎原さんはスマホを見てから「あ、もう帰らなきゃ」と立ち上がった

え?帰んの?絵まだ見てないけど
いつからか全然絵を見に来てくれなくなった兎原さんは今日も俺の絵を見ないまま美術室から出ていってしまう

元々ただの気まぐれだったのかもしれない
俺の絵が好きなんて別に深い意味はないのかもしれない
それでも俺は兎原さんが褒めてくれると頑張れたし、取り繕った壁のない兎原さん自身に惹かれていた

だからこそ最近何で絵を見に来てくれないのか考え込む
思い当たる節なんて一つもないのに




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