17.ありがとう



卒業式の日
まさかの矢口くんの合格発表美とかぶってると知ったのは登校してから歌島くんに聞いて発覚

「あれー?ヒナどったの?」

「何でもない…(卒業式に会えないとか普通に凹むんですけど)」

ずーんと効果音がつきそうなほど凹んでる私を見て愉快そうな実里と紬
二人とも第一志望の大学に受かったようで、晴れて大学生とのこと
式が終わり教室に戻ってきたはいいけど、目当ての人がいないことに気分は沈みっぱなしだ

「てかさっきからヒナのリボンほしさにいろんな男子集まってるけど」

「今日の告白もカウント入れていいんだよね?」

「マジ?今28回だしそれウチやばくね?」

30回の告白を超えるかとか賭けてたなと思い出し他人事のようにスマホを眺める
一次試験の発表があった日以降矢口くんとは連絡を取ってない
ユカちゃんに聞いた話によると、この前美術部に私物を取りにきた時、1日目に体調崩したと話していたらしい
後悔はないけど反省は死ぬほどある…とも

「(美大に入るだけでも難しいのに藝大だもんね)」

矢口くん藝大一本に絞ってたみたいだし不安で連絡する気にもなれないのは正直わかる気がする
それでも結果がわかったら連絡をくれるんだろうか
部活も入ってない私は実里や紬、それにユカちゃんや歌島くんたちとも写真を撮り佐伯先生の元へ向かった

「先生」

「卒業おめでとう、兎原さん」

「本当にお世話になりました」

美術部でもないのに随分お世話になったなと思ってそう言うと、先生はいつものように微笑んでくれた

「私は先生ですからね、兎原さんも立派な生徒の一人ですよ」

私の心を見透かしてたのは矢口くんだけじゃなかったようだ
佐伯先生もまた壁を跳ね除けて心に入ってきた内の一人

「矢口さんとは話せそうですか?」

「どうでしょう…まだ何とも」

「あら、じゃあこれは最後のアドバイスです
女性はいつだって主導権を握っておく方が上手くいくんですよ」

先生のその言葉にぽかんとする
ミステリアスな人だとは思ってたけどなるほど、本当にその通りだ
スマホが震え画面を見るとそこには待ち望んでいた人の名前
先生に頭を下げ離れてから電話に出ると矢口くんの少し震えた声が電話越しに聞こえた

《お…俺、藝大受かった…っぽい》

「…っぽい?」

《あ…いや、受かってた》

それを聞いてその場にしゃがみ込む

「そっか…おめでとう、本当におめでとう矢口くん!」

嬉しくて涙が滲む
ごちゃごちゃ考えていたけれどやっぱり矢口くんのことが好きだ
絵を描く横顔も、声も、手も、全部好き

《ありがとう、それで…今から予備校行ってその後部活の打ち上げ行くんだけどさ、打ち上げの後会えないかな》

欲しかった言葉を言ってくれる矢口くんに心臓がうるさくなる
ちょっと前の自分
好きか自信ないって何?じゃあなんでこんなに心臓がうるさいの?

「うん、会いたい」

矢口くんにちゃんと言おう、私の気持ちを
自分の好きと向き合おう
その数時間後、私は人生で初の告白をした





数日後

卒業してからというもの実里や紬と遊んだり、専門学校の準備をしたりとそれなりに過ごしていたある日

「学校?」

「うん、ちょっと佐伯先生と話したいことがあって…ヒナちゃんも一緒に行かない?」

誘ってくれたのはまるちゃん
特に用事があるわけでもないけれどせっかくなので頷いた

まるちゃんから大学生活はどうだとか色々聞きながら歩いているといつもより早く学校に到着した気がする
卒業してまだ少しなのに既に懐かしく感じるのは何でだろうか
二人で向かった先は美術室

「あら!森さんに兎原さん」

「お久しぶりです」

「来ちゃいました」

教室には佐伯先生の一枚のキャンバス

「森さんはまた矢口さんとすれ違っちゃいましたね」

その言葉に二人して目を丸くする

「えっ」

「来てるんですか?」

そういえば予備校で藝大の試験で描いた絵を復元して描き起こすみたいな課題があるとか言ってたような…
そっか、美術室に来てたんだ
ということはこのキャンバスがその絵なんだろうか

それは裸体の女性と女性を描く人たちの図
あの日、あの瞬間、命がけで挑んだその光景が切り取られたような絵にやっぱり心が震えた

「素敵ですね、この絵」

まるちゃんの言う通り本当に素敵な絵だ

「私、ちょっと行ってきます…!」

美術室を駆け出して一目散に職員室へ向かう
廊下を走るのは彼を引き止めた時以来でちょっとわくわくした
怒られたっていい、それよりも今は早く会いたい
階段を降りていると、ちょうど登ってきた彼と鉢合わせた

「え…陽菜ちゃん…!?」

「いた!」

私がいると思ってなくてびっくりしている彼に駆け寄りその手を握る

「私八虎くんの絵好きだよ!」

驚いているその顔は何度見ても可愛いなと思えた

「あ…もしかして美術室のやつ見た?」

「うん、まるちゃんと来「森先輩!?」

あからさまに大きな反応を見せる八虎くんに相変わらずまるちゃんが好きだなと笑ってしまうけど、私は我儘だしいい子じゃないからこのまま素直に行かせてあげるなんてしない
握っていた八虎くんの手を引っ張って前のめりになった彼にキスをする

「まるちゃんばっかじゃなくて私も見てよ」

キミの彼女は私でしょ?と問えば、八虎くんは予想通り顔を赤くして口元を押さえる

「あはは、八虎くん見た目のわりには初心だね」

「っ…そういう陽菜ちゃんも顔赤いけど?」

「えっ」

咄嗟に頬を押さえた私
形成逆転、今度は八虎くんが頬を押さえたままの私の両腕を掴んでキスをする
恋愛初心者同士のぎこちないそれに心臓の音がうるさい

「好きだよ」

「…私も、好き」

キミと出会ってから世界はこんなにも鮮やかだ
日常を彩る八虎くんは私にとってどんな画家よりも輝いて見える

好きを教えてくれてありがとう
好きになってくれてありがとう
これからもずっとずっと好きでいさせてね



Fin.




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