15.もしかして照れてる?
1月1日昼の12時を越した頃
矢口くんは盛大に遅刻してきた
「ほんっとごめん!!!!!」
待ち合わせは10時半
つまり1時間半は待っていたことになる
「全然大丈夫だよ」
勿論カフェで時間を潰してたので寒空の下凍えるなんてことはない
それになぜかLINEを交換することになった歌島くんから矢口くんの寝顔が送られてきたのでやっぱりオールしてたんだろうと予測していたし、私も昨日実里と地元の神社で年越しをしたから気持ちはわかる
どうやら矢口くんは歌島くんたちには告白の件を言ってないみたいで私も実里たちに言ってないため二人の秘密ということになっている
ユカちゃんも告白に関しては知らないだろう…多分
「でも俺から誘ったのに」
「昨日歌島くんたちと年越ししてたんでしょ?」
「あー…いや、別の人」
それは予想外だけれど年越しをしたのは本当らしい
しかも湯島天神というとんでもなく混むところ選んだそうで、そりゃ始発まで帰れないよなあと苦笑いしてしまう
矢口くんと学校以外で会うのはあの日助けてもらった時、そして製菓教室の帰りに出会った時の2回以来、3回目のイベント
白ニットに茶色のコート、それに深い青色のマフラーを巻いた矢口くんは相変わらずかっこいい
「あ、昨日年越し行く前に風呂入ってるんだけど…臭くない?大丈夫?!」
「あはは、大丈夫気にしてないよ」
それに相変わらず面白い、本人は無自覚だろうけど
初詣…といってもお互い神社には日付けが変わってから行ってるので2回目のお参り
順番が回ってきて祈ったのは矢口くんの合格祈願
私にはわからない世界だから祈ることしかできないけど、少しでも矢口くんの力になれればいい
そう思って結構一生懸命願った
「おみくじ引く?」
「…矢口くん受験生でもそういうの気にしない人なんだね」
結構周りは受験の前に落ち込みたくないって引かない人が多いから意外だった
「あー、俺あんまり神様とか信じてないっていうか」
「さっきお参りしたのに…!?」
「あはは…」
やっぱり矢口くんの分まで祈ってて良かったのかもしれない
「さっきすごい一生懸命何をお願いしてたの?」
「そういうのって言ったらダメらしいよ」
「へえ」
「でもほとんどが矢口くんのこと」
にっこりと笑顔でそう言えば、矢口くんの顔が赤くなる
その反応が面白くてつい吹き出すけど、こうやって笑えるのも去年からは考えられないから不思議だ
「兎原さんってさ、結構Sだよね」
「そういう矢口くんはMだよね」
「え!?」
思い当たる節があるのか冷や汗だらだらの矢口くんにまた笑ってしまう
本当にからかい甲斐あって飽きない
「…兎原さん、今日来てくれてありがとう
実はちょっと行き詰まっててさ…試行錯誤しながらもがいてて…兎原さんの顔見れてリフレッシュできたというか、すごいホッとした」
それはこっちの台詞だよ
矢口くんを見れて安心したのは私の方なのにあまりにも柔らかい顔で、穏やかな声でそう言うから恥ずかしくなって俯いてしまう
「って…あれ、もしかして照れてる?」
「…さっきの仕返し?」
「どうだろうね」
にやにやしてる矢口くんを恨めしげに見上げるけど、二人して吹き出した
受験が終わったらこの関係に名前は付くんだろうか
「(そうだといいな)」
2月前半
久しぶりの製菓教室の帰り道、たまたま通りかかったそこはどうやら矢口くんの通う予備校の前だったみたいで、ものの見事に矢口くんとご対面した
それにその傍らにはキャンバスバッグを持ったおさげの男の子とギャルっぽい女の子
「兎原…さん!?」
「や、やっほー」
おずおずと建物を見上げると東京美術学院と書かれた看板が目に入る
なるほど、ここが噂の予備校ってところかと納得しているとおさげ髪の男の子がにこにこしながら距離を縮めてきた
「キミむっちゃカワイイなあー♥」
「え…?」
驚いて困惑していると矢口くんが男の子を引っ張り剥がしてくれた
そして女の子の方は口を開いたままぽかんとしてる
「…え、もしかしてモデルの…ヒナちゃん!?」
今度は女の子の方がずいっと寄ってきたので再びぎょっとする
「二人ともストップ!!!」
また助けてくれた矢口くんの後ろに隠れてそっと二人を見る
説明によると男の子の方は橋田くん、女の子の方は桑名さんというらしい
悪い人ではないんだろうけど初対面の人との距離感はまだ掴めない
「兎原さんも今帰り?」
「うん、ここだったとは思わなくてびっくりしたよ」
「俺も」
矢口くんと話せることが嬉しくてにこにこしていると、橋田くんと桑名さんが「彼女?」と矢口くんに聞いたので何て答えるんだろうと矢口くんの回答を待つ
「あー…俺の片思い」
待って、え?聞き間違い???
びっくりして「え」とか言っちゃったよ
橋田くんと桑名さんも困惑してるよ
「(何で私が矢口くんのこと好きって伝わってないの!?)」
そして思い出したのは歌島くんの矢口くんは恋愛に対しては鈍感と言っていた記憶
ということは何?バレてると思ってた気持ちはちゃんと伝わってなくて、付き合ってないんじゃなくてシンプルに私が返事をしてないだけってこと?!
その線が濃厚すぎて矢口くんに信じられないという目を向けると「え、何?!」とびっくりされる
「矢口くんってそういうところあるよね」
「え…?」
何だかちょっとイライラしてきたけどため息をついて落ち着く
理解していない矢口くんにさっき作ったばかりのトリュフチョコレートが入った紙袋を押し付けた
「あげる」
「え…あ、お菓子?」
「そ、あんまり追い込みすぎないようにね」
それだけ伝えて橋田くんと桑名さんに手を振ってから駅へと小走りで向かう
チョコレートって「あなたと同じ気持ち」って意味があるんだけれど、矢口くんのことだから気付かなさそうだなと苦笑いしてしまう
私はその日以降矢口くんと連絡を取っていない
集中している時に余計な感情を挟むことがどれほど危険なのかもわかってるだから矢口くんから連絡がない限りはこちらからは連絡しない
そして今日は2月25日
東京藝術大学の一次試験の日だ